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聖書の疑問は聖書が答える!

法則を支配する神と法則に支配される人間(天地創造ー15)

法則を支配する神と法則に支配される人間

天地創造ー15)

今回は「すべての科学者に研究して欲しいこと(天地創造ー14)」からの続きです。

さて、ここで「神と人間の知恵比べ」をしたいと思います。

聖書は奇跡のオンパレードです。たとえば、出エジプト記14章ではイスラエルの民がエジプト軍に追われながら紅海を目の前にした時に天から神の呼びかけの声があってモーセの杖によって紅海が真っ二つに裂けて道が開かれてエジプト軍から逃れることが出来ました。
あるいはイエス・キリストはカナの婚礼で水をぶどう酒に変えるという初めての奇跡を行ない、それから人々のあらゆる病気を癒すという奇跡を行っていきました。

科学では解き明かすことの出来ない、理解することの出来ない現象を、一般的に「奇跡」と言います。

神は天地創造ですべての万物の法則を創られました。ですから万物の法則はすべて神が支配しています。
そこで、法則を支配する神の知恵と、法則に支配される人間の知恵(科学)を分り易く比較出来るように、数学を使ってお話しします。数学というよりも算数ですね。
くれぐれも誤解のないように申し上げます。ここでは数学や化学を議論するわけではありません。
一つのたとえとして、「神の知恵と人間の知恵」を分かりやすく比較するために「水」という物質を数式に置換えてみるだけです。ちなみに私は科学や数学に関しては全くの素人なので、それを承知しておいて下さい。

現代科学は水は水素H(原子)二個と酸素O(原子)一個の化合物であることを解明しました。ですから水は水素と酸素の化学物で、化学式は H₂O で表記されます。では、ここで、水素を2という数値に、酸素を8という数値に置き換えます。そして2+8=10ですから10を水とします。+は化合です。つまり
2(水素)+8(酸素)=10(水)
という数式に置き換えます。

2(水素)+8(酸素)=10(水)

ここで、頭を普通の数学の世界に戻して下さい。問題を出します。

Q:答えが10の数値になる数式は何通りあるか?答えよ。

答えは

A:無限(無数)です。

学校のテストでは必ずいくつかの数値が設定されているので答えが限定されます。たとえば

Q:10=2+□+5
A:3

というように。しかし、ただ単に「答えが10になる計算式」となると、もう無限に近い数になります。+-×÷の組合せから始まって、方程式、因数分解、関数と、数学のすべての数式を組合せた演算で答えが10になる数式の数となると、無限の数になります。何でも良いのです。とにかく答えが10になれば良いのです。たとえば

10=1+1+1+1+1+1+1+1+1+1
10=1+9
10=11ー1
10=1000000000000ー999999999990
10=9.5+0.5
10=2×5
10=3÷0.3
10=□+□-□×□÷□





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私は数学がまったく分からないので、これ以上分かりませんが・・・。

さて、話しを元に戻します。
「2(水素)+8(酸素)=10(水)」という化学的性質は、天地創造の過程で創造主なる神がそのように定義して、定理されたので、「2(水素)+8(酸素)=10(水)」という数式(分子構造)が確立されています。そして、私たち人間は、神が創られた物理の法則の中に存在しているので、人間の科学(知恵)によって「2(水素)+8(酸素)=10(水)」という水の分子構造を発見しました。しかし、人間の世界では、「2(水素)+8(酸素)=10(水)」は、それ以外の何ものでもありません。なぜ、水素と酸素を化合すると水になるのか?分りません。水素と酸素を化合して水が出来るのに、なぜ、鉄とアルミニウムを化合して水が出来ないのでしょうか? こんなこと言うと、「こいつバカか?」なんて言われるでしょうね。そもそも、元素はなんで118個(程度)なんでしょうか?元素が1000個あってもいいと思いませんか?「そんなこと私に聞かれても分かりません」という答えが返って来るでしょうね。そうです。「そんなこと私に聞かれても分かりません」が正解です。そんなこと人間が考えたって分かりません。人間の科学(物理)がやって来たことは、たとえば「水」という物質の構造について、水という分子は水素原子2個と酸素原子1個から出来ていることを解明して、水素と酸素にエネルギー(熱)を加えることによって化学反応が起こり水素原子と酸素原子が結びついて水が生成されるということが分りました。そして、さらに、水素や酸素という原子は陽子・電子・中性子から構成されていて、またさらに陽子を構成しているクォークの存在を発見しました。しかし「では、なぜ、水と酸素を結合すると水になるの?」と質問されたら、もう、誰も答えられません。「なぜ、物質は原子で構成されているの?」「なぜ、原子は陽子と電子と中性子で構成されているの?」「陽子はどのようにして出来たの?」「いつ頃電子は出来たの?」「なぜ、中性子は存在しているの?」「なぜ?何故?ナゼ?」なんて質問されたら、もう科学者はお手上げです。「そんなこと言われても、水は水素と酸素の化合物なんだからしょうがないだろう!」「なぜ原子と陽子と中性子が存在しているのかって?そんなこと俺に言われても分るはずないだろう!」。そうです。「そんなこと俺に言われても分るはずないだろう!」が正解です。そんなこといくら考えても、人間の知恵で分かるはずありません。ここに、人間の「科学の限界」があります。

科学はすべて「結果論」なのです。

万物は神の創造の「結果」であり、人間は神の創造の結果(物質の成り立ち)を、自分たちの知恵で解明しただけの話しです。ですから「水は水素と酸素の化合物である」ということは解明出来ても、「なぜ、水素と酸素を化合すると水になるのか?」という疑問に答えられません。なぜ、水という物質が存在しているのか? なぜ、物質には固有の化学的性質を持っているのか? という、物質の本質的な世界が解明出来ません。物質の本質とは、元素の起源や固有の物質の性質が形成される過程です。これは人間にも当てはまります。
「なぜ、僕は生まれてきたの?」「なぜ、人間は死ぬの?」「なぜ、人間は戦争をするの?」ということと同じです。「人間の知恵」では物質の本質の世界が解明出来ないように、同じく、人間の知恵では「人間の本質、いのちの本質」は解明出来ません。

さて、先ほど水の分子構造を数式に置換えて

「2(水素)+8(酸素)=10(水)」としました。そして「答えが10の数値になる数式は何通りあるか?」との問には、答えは「無限にある」ということでした。

人間の科学(物理)の世界では「10(水)=2(水素)+8(酸素)」であり、10(水)を構成するための数式は「2(水素)+8(酸素)」という数式以外は存在しません。ところが神は「10(水)」という値を出すための数式を無限に持っています。先ほど書いたように

10(水)=1+1+1+1+1+1+1+1+1+1
10(水)=1+9
10(水)=11ー1
10(水)=1000000000000ー999999999990
10(水)=9.5+0.5
10(水)=2×5
10(水)=3÷0.3
10=□+□-□×□÷□・・・




と、「10(水)=無限の数式」です。ここで言う数式とは法則です。+-×÷の組合せから始まって、方程式、因数分解、関数など、数学のすべての数式(法則)を組合せた演算で、答えが「10(水)」になる数式の数となると、無限の数になります。ですから人間の知恵と神の知恵を比較したら次のようになります。

人間の知恵(科学)
10(水)=2(水素)+8(酸素)
ーーーーーーーーーーーーーーー
神の知恵
10(水)=1+1+1+1+1+1+1+1+1+1
10(水)=1+9
10(水)=11ー1
10(水)=1000000000000ー999999999990
10(水)=9.5+0.5
10(水)=2×5
10(水)=3÷0.3
10=□+□-□×□÷□・・・




神は「水(10)」を造るために「10(水)=2(水素)+8(酸素)」という化学式を人間の世界に当てはめて、さらに、それ以外に「水(10)」を作る化学式(数式)を無限に持っておられます。一つ一つの数値は元素で、+-×÷は化合方式です。 神は無限の方法で水という物質を造ることが出来るお方です。ただ、その無限の方法の中から、神は「10(水)=2(水素)+8(酸素)」という方法を選び、人間の世界に当てはめて、物理の法則として定義して、定理されました。だから、人間の世界では「10(水)=2(水素)+8(酸素)」であり、それ以外の水の化学式は存在しません。鉄とアルミニウムを化合しても水は出来ません。(そもそも鉄とアルミニウムは化合出来ないと思いますが・・・)ところが神は鉄とアルミニウムから水を造ることが出来ます。たとえば

「鉄=11、アルミニウム=21」

とします。11と21の数値が入った計算式で答えが

10になれば良いのですから、

「10(水)=11(鉄)ー22+21(アルミニウム)」 あるいは 

「10(水)=(11(鉄)×3)ー21(アルミニウム)ー2 」というように。

人間の科学や物理では絶対結び合わせることが出来ない二つの物質も、それを結び合わせる化学式を神は無限に持っています。人間は、神が創られた万物の法則を後追いで発見して、解明して、応用して、製品化しているにすぎません。
ここまで「人間の知恵」と「神の知恵」を分かり易く比較して理解出来るように「水」という物質の構造(化学式)を数式に当てはめてお話ししましたが、私が何を言いたいのか?理解出来たでしょうか。

人間と神の知恵比べは

1(人間) 対  無限(神)

の開きがあります。無限の中の「1」 は、もう「無」に等しいのです。しかも、そのたった1つの水の化学式も、神が創られたものです。人間は、神が創られたたった1つの化学式を発見して、「どうだ!人間の知恵は凄いだろう!」と誇っています。

イエス・キリストが最初に行った奇跡として、ガリラヤのカナでの婚礼の席で水をぶどう酒に変えるという有名な話があります(ヨハネ福音書2:1~11)。もちろん神を信じない人たちは「こんなありえない作り話しをまともに信じるクリスチャンって・・・困った人たちだよね (^^;)」言って笑うことでしょう。

水を瞬時にぶどう酒に変えるにはどのような方法、化学式が存在するのか私には分かりませんが、イエスは水がめ六つで500リットルほどの水を瞬時にぶどう酒に変えてしまいました。もちろんただの水をその場所で何か化学変化をもたらすような溶剤を入れたり、あるいは熱処理をして化合させるとか、何か化学変化させるような特別な事を行ったわけではありません。水の化学式を数式に置き換えたように、仮に、水を
10の数値にして、アルコールを100の数値に置き換えた場合、

10(水)+(-×÷) 無限の数の数式 =100(アルコール)

ですから、神は無限の方法で水をアルコールに変えることが出来る知恵と力を持っています。創造主なる神は「無限の知恵と力」を以て万物を創られました。そこが、全知、全能なる神の所以です。神は「無限の知恵と力」を以て「土地のちり」から人の体を造られました。

人間の体の内臓の一つである肝臓は、「人体の化学工場」と云われます。肝臓には、人間が食べたり飲んだりして体内に入って来た様々な物質を、化学的に代謝、貯蔵、解毒、排出する作用があります。人間が肝臓と同じ機能の化学工場を造るとなると、一説には東京都の面積に匹敵する大きさの化学工場が必要になるそうです。凄いですね。およそ2187平方キロメートルもの広大な化学工場が、わずか1.5Kgほどの臓器として私たちの体の中に収まっているのですから。これを「奇跡」と言わずして、なんと言うのでしょうか?

これが、万物を創られた「創造主なる神の知恵」です。

次回に続く

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本文の聖書のことばは「聖書・新改訳©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会」から引用しています。
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネ福音書3:16

愛は最善を与えることです。

神は、人類を罪から救うために、御子イエス・キリストを人類に与えてしまいました。イエス・キリストを与えてしまったなら、もう、これ以上、高価で最善なものはありません。与えて、与えて、与え尽くして、もうこれ以上与えるものがなくなってしまったほどに、神は人間を愛されました。
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