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聖書の疑問は聖書が答える!

七つの教会(再臨ー7)

七つの教会(再臨ー7)

今回から数回に分けてヨハネの黙示録の「七つの教会の時代」から「携挙」に至るまでの全体的な流れを「極めて大雑把」に「アバウト」に解説していきます。細かいディテールは後回しにして、はじめに冒頭に書かれている「七つの教会」について考えたいと思います。

ヨハネの黙示録1章~3章
1:20 あなたがわたしの右手に見た七つの星と、七つの金の燭台の、秘められた意味について。七つの星は七つの教会の御使いたち、七つの燭台は七つの教会である。
2:1 エペソにある教会の御使いに書き送れ。『右手に七つの星を握る方、七つの金の燭台の間を歩く方が、こう言われる──。
2:2 わたしは、あなたの行い、あなたの労苦と忍耐を知っている。また、あなたが悪者たちに我慢がならず、使徒と自称しているが実はそうでない者たちを試して、彼らを偽り者だと見抜いたことも知っている。
2:3 あなたはよく忍耐して、わたしの名のために耐え忍び、疲れ果てなかった。
2:4 けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
2:5 だから、どこから落ちたのか思い起こし、悔い改めて初めの行いをしなさい。そうせず、悔い改めないなら、わたしはあなたのところに行って、あなたの燭台をその場所から取り除く。
2:6 しかし、あなたにはこのことがある。あなたはニコライ派の人々の行いを憎んでいる。わたしもそれを憎んでいる。
2:7 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。勝利を得る者には、わたしはいのちの木から食べることを許す。それは神のパラダイスにある。』
2:8 また、スミルナにある教会の御使いに書き送れ。『初めであり終わりである方、死んでよみがえられた方が、こう言われる──。
2:9 わたしは、あなたの苦難と貧しさを知っている。だが、あなたは富んでいるのだ。ユダヤ人だと自称しているが実はそうでない者たち、サタンの会衆である者たちから、ののしられていることも、わたしは知っている。
2:10 あなたが受けようとしている苦しみを、何も恐れることはない。見よ。悪魔は試すために、あなたがたのうちのだれかを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあう。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与える。
2:11 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。勝利を得る者は、決して第二の死によって害を受けることはない。』
2:12 また、ペルガモンにある教会の御使いに書き送れ。『鋭い両刃の剣を持つ方が、こう言われる──。
2:13 わたしは、あなたが住んでいるところを知っている。そこにはサタンの王座がある。しかしあなたは、わたしの名を堅く保って、わたしの確かな証人アンティパスが、サタンが住むあなたがたのところで殺されたときでさえ、わたしに対する信仰を捨てなかった。
2:14 けれども、あなたには少しばかり責めるべきことがある。あなたのところに、バラムの教えを頑なに守る者たちがいる。バラムはバラクに教えて、偶像に献げたいけにえをイスラエルの子らが食べ、淫らなことを行うように、彼らの前につまずきを置かせた。
2:15 同じように、あなたのところにもニコライ派の教えを頑なに守っている者たちがいる。
2:16 だから、悔い改めなさい。そうしないなら、わたしはすぐにあなたのところに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦う。
2:17 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。勝利を得る者には、わたしは隠されているマナを与える。また、白い石を与える。その石には、それを受ける者のほかはだれも知らない、新しい名が記されている。』
2:18 また、ティアティラにある教会の御使いに書き送れ。『燃える炎のような目を持ち、その足は光り輝く真鍮のような神の子が、こう言われる──。
2:19 わたしは、あなたの行い、あなたの愛と信仰と奉仕と忍耐を知っている。また、初めの行いにまさる、近ごろの行いも知っている。
2:20 けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは、あの女、イゼベルをなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて惑わし、淫らなことを行わせ、偶像に献げた物を食べさせている。
2:21 わたしは悔い改める機会を与えたが、この女は淫らな行いを悔い改めようとしない。
2:22 見よ、わたしはこの女を病の床に投げ込む。また、この女と姦淫を行う者たちも、この女の行いを離れて悔い改めないなら、大きな患難の中に投げ込む。
2:23 また、この女の子どもたちを死病で殺す。こうしてすべての教会は、わたしが人の思いと心を探る者であることを知る。わたしは、あなたがたの行いに応じて一人ひとりに報いる。
2:24 しかし、ティアティラにいる残りの者たち、この教えを受け入れず、いわゆる「サタンの深み」を知らないあなたがたに言う。わたしはあなたがたに、ほかの重荷を負わせない。
2:25 ただ、あなたがたが持っているものを、わたしが行くまで、しっかり保ちなさい。
2:26 勝利を得る者、最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与える。
2:27 彼は鉄の杖で彼らを牧する。土の器を砕くように。
2:28 わたしも父から支配する権威を受けたが、それと同じである。また、勝利を得る者には、わたしは明けの明星を与える。
2:29 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。』

3:1 また、サルディスにある教会の御使いに書き送れ。『神の七つの御霊と七つの星を持つ方が、こう言われる──。わたしはあなたの行いを知っている。あなたは、生きているとは名ばかりで、実は死んでいる。
3:2 目を覚まし、死にかけている残りの者たちを力づけなさい。わたしは、あなたの行いがわたしの神の御前に完了したとは見ていない。
3:3 だから、どのように受け、聞いたのか思い起こし、それを守り、悔い改めなさい。目を覚まさないなら、わたしは盗人のように来る。わたしがいつあなたのところに来るか、あなたには決して分からない。
3:4 しかし、サルディスには、わずかだが、その衣を汚さなかった者たちがいる。彼らは白い衣を着て、わたしとともに歩む。彼らがそれにふさわしい者たちだからである。
3:5 勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。またわたしは、その者の名をいのちの書から決して消しはしない。わたしはその名を、わたしの父の御前と御使いたちの前で言い表す。
3:6 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。』
3:7 また、フィラデルフィアにある教会の御使いに書き送れ。『聖なる方、真実な方、ダビデの鍵を持っている方、彼が開くと、だれも閉じることがなく、彼が閉じると、だれも開くことがない。その方がこう言われる──。
3:8 わたしはあなたの行いを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることができない門を、あなたの前に開いておいた。あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。
3:9 見よ。サタンの会衆に属する者、すなわち、ユダヤ人だと自称しているが、実はそうではなく、?を言っている者たちに、わたしはこうする。見よ。彼らをあなたの足もとに来させてひれ伏させ、わたしがあなたを愛していることを知らせる。
3:10 あなたは忍耐についてのわたしのことばを守ったので、地上に住む者たちを試みるために全世界に来ようとしている試練の時には、わたしもあなたを守る。
3:11 わたしはすぐに来る。あなたは、自分の冠をだれにも奪われないように、持っているものをしっかり保ちなさい。
3:12 わたしは、勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱とする。彼はもはや決して外に出て行くことはない。わたしは彼の上に、わたしの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、わたしの神のもとを出て天から下って来る新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを書き記す。
3:13 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。』
3:14 また、ラオディキアにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、確かで真実な証人、神による創造の源である方がこう言われる──。
3:15 わたしはあなたの行いを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。
3:16 そのように、あなたは生ぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしは口からあなたを吐き出す。
3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、足りないものは何もないと言っているが、実はみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸であることが分かっていない。
3:18 わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精錬された金をわたしから買い、あなたの裸の恥をあらわにしないために着る白い衣を買い、目が見えるようになるために目に塗る目薬を買いなさい。
3:19 わたしは愛する者をみな、叱ったり懲らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。
3:20 見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。
3:21 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせる。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。
3:22 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。』」
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1:3 ・・・時が近づいているからである。

■ 1:3に書かれている「時が近づいているからである」とは「花婿なるキリストが花嫁なるクリスチャンを迎えに来る『空中再臨・携挙の時が近づいている』」という意味です。■

1:7 見よ、その方は雲とともに来られる。すべての目が彼を見る。彼を突き刺した者たちさえも。地のすべての部族は彼のゆえに胸をたたいて悲しむ。しかり、アーメン。

■ 1:7は花婿なるキリストが花嫁なるクリスチャンを迎えにくる「空中再臨・携挙の場面」が書かれています。

使徒の働き
1:6 そこで使徒たちは、一緒に集まったとき、イエスに尋ねた。「主よ。イスラエルのために国を再興してくださるのは、この時なのですか。」
1:7 イエスは彼らに言われた。「いつとか、どんな時とかいうことは、あなたがたの知るところではありません。それは、父がご自分の権威をもって定めておられることです。
1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレムユダヤサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」
1:9 こう言ってから、イエス使徒たちが見ている間に上げられた。そして雲がイエスを包み、彼らの目には見えなくなった。
1:10 イエスが上って行かれるとき、使徒たちは天を見つめていた。すると見よ、白い衣を着た二人の人が、彼らのそばに立っていた。
1:11 そしてこう言った。「ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります。」
1:12 そこで、使徒たちはオリーブという山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日に歩くことが許される道のりのところにあった。

「父がご自分の権威をもって定められた時」に、「天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、また(雲に乗って)おいでになります。」そしてオリーブ山に立ちます。

黙示録の初めは「キリストの携挙が間もなく来ますよ」と、全世界のクリスチャンに伝えています。

1:8 神である主、今おられ、昔おられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」

■ 万物の始まりを創られ(アルファ)万物を終わらせる(オメガ)全能者なる神が、「時が近づいているからである。」と仰せられました。「時が近づいている」から、神はヨハネにこれから人類に起こる「黙示録の世界」を見せてヨハネの黙示録を書かせました。■

そして、2章1節から七つの教会の「御使い宛ての手紙」が書かれています。

2:1 エペソにある教会の御使いに書き送れ。『右手に七つの星を握る方、七つの金の燭台の間を歩く方が、こう言われる──。

2:8 また、スミルナにある教会の御使いに書き送れ。

2:12 また、ペルガモンにある教会の御使いに書き送れ。

2:18 また、ティアティラにある教会の御使いに書き送れ。

3:1 また、サルディスにある教会の御使いに書き送れ。

3:7 また、フィラデルフィアにある教会の御使いに書き送れ。

3:14 また、ラオディキアにある教会の御使いに書き送れ。

■ ここで注意して欲しいのは、手紙の送り先は「七つの教会」ではなく「七つの教会の御使い」です。手紙の内容は七通とも地上の「七つの教会の出来事」が書かれていますが、手紙の宛先は「七つの教会の御使い」です。つまり当時の「七つの教会」の霊的な、信仰的な問題が書かれた「七通の手紙」を、七つの教会を担当しているそれぞれの「七人の御使い宛て」に出しなさいと「差出人」から命令されています。
「・・・御使いに書き送れ」とは「私が書いた手紙を七人の御使いに出しなさい」という意味です。そして、ヨハネは差出人から七人の御使いに送られた手紙の内容を見せられて手紙に書いてあることすべてを巻物として書いてパトモス島から「七つの教会」に送りました。■

1:9 私ヨハネは、あなたがたの兄弟で、あなたがたとともにイエスにある苦難と御国と忍耐にあずかっている者であり、神のことばとイエスの証しのゆえに、パトモスという島にいた。
1:10 私は主の日に御霊に捕らえられ、私のうしろにラッパのような大きな声を聞いた。
1:11 その声はこう言った。「あなたが見たことを巻物に記して、七つの教会、すなわち、エペソ、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアに送りなさい。」

■ ここまでは、

近いうちに花婿なるキリストが花嫁なる「七つの教会」を迎えに来ますよ。

というメッセージです。そして実際の携挙は「すべての目が彼を見る」ように、 「彼を突き刺した者たちさえ」も、キリストの携挙を見ることになります。全世界のノン・クリスチャンが分るような形で携挙されます。

YouTube で「艱難 前期 説」を教える牧師先生たちは「携挙はノン・クリスチャンが分らないようにやって来る」と言っています。「携挙は夜中に盗戸が来るようにノン・クリスチャンが分らないように、気がつかないように、クリスチャンを地上から消し去るように、さらうように、携挙します」と言っています。イエス・キリストが黒頭巾を被って鼠小僧・次郎吉に扮して真夜中のノン・クリスチャンが寝静まった頃にソ~~~と地上に降りて来て一瞬にして世界のクリスチャンを盗んでいくそうです。(≧▽≦)
別の牧師は「雲に乗って」とは「雲に隠れてノン・クリスチャンが分らないように」と言っています。

マタイの福音書
24:42 ですから、目を覚ましていなさい。あなたがたの主が来られるのがいつの日なのか、あなたがたは知らないのですから。
24:43 次のことは知っておきなさい。泥棒が夜の何時に来るかを知っていたら、家の主人は目を覚ましているでしょうし、自分の家に穴を開けられることはないでしょう。
24:44 ですから、あなたがたも用心していなさい。人の子は思いがけない時に来るのです。

Ⅰテサロニケ人への手紙
5:4 しかし、兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にいないので、その日が盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。
5:5 あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもなのです。私たちは夜の者、闇の者ではありません。
5:6 ですから、ほかの者たちのように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。

Ⅱペテロの手紙
3:10 しかし、主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は大きな響きを立てて消え去り、天の万象は焼けて崩れ去り、地と地にある働きはなくなってしまいます。

・人の子は思いがけない時に来るのです。
・その日が盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。
・しかし、主の日は盗人のようにやって来ます。

なんで、神の御子イエス・キリストの盛大な結婚式を、コソコソ隠れながら、盗戸のようにしなければいけなのでしょうか。

イエス・キリストが語り、パウロもペテロも書いた「盗人のように」とは、携挙の「方法」を言っているのではありません。携挙の「時期、タイミング」を言っているのです。大丈夫ですか? YouTube の先生方。

みなさんは「レフト・ビハインド」「リメイニング」という映画を観たことありますか?「ディスペンセーション主義」を崇拝する YouTube の先生方が泣いて喜ぶような携挙による「人類パニック映画」です。私はネットで2~3分の予告編だけ観ましたが・・・(^^;)

ある日、突然、世界のクリスチャンが忽然と消えていなくなり、旅客機の操縦士が消えて機内が大パニックになって墜落しそうになったり、車の運転手が次から次へと消えて世界中の車が衝突事故だらけになったり、操縦士が消えたセスナ機が突然突っ込んで来たり・・・

あれっ?そういえば「レフト・ビハインド」の予告編オープニングナレーションで「ある日・・・突然・・・数百万人の人間が消えた・・・」って・・・えっ!世界でたった数百万人しか携挙されないんですか???これ絶対日本のクリスチャン全員地上に取り残されますよ。(^^;)

「すべての目が彼を見る。彼を突き刺した者たちさえも。」

イエス・キリストの携挙は全世界の人々の目が仰ぎ見るように来ます。
クリスチャンを迫害した者たちさえも認めざる得ない方法で来ます。

それから、YouTube の先生たちの中には携挙の方法、手順、流れをガチガチにユダヤの結婚式の方法、手順、流れ、格式に当てはめて携挙されるのはクリスチャンだけで、ユダヤの救いは携挙の後になります、と教えている牧師がいます。「ユダヤの婚約式が○○○だから、キリストの携挙も○○○の方法で来ます。ユダヤの結婚式が△△△だから、キリストの携挙も△△△の手順で来ます」と教えている牧師がいます。
あのですね・・・イエス・キリストの携挙がユダヤの結婚式に縛られることはありません。イエス・キリストは「私はユダヤの結婚式に倣って携挙に来ます」なんていうことは一言も言っていません。イエス・キリストは「一般論として御自身の結婚式をユダヤの結婚式になぞらえて語っている」のであって、ユダヤの結婚式の方法、手順、流れ、格式に当てはめて携挙に来ます、と言ったのではありません。大丈夫ですか? YouTube の先生方。

話しを元に戻します。
では、なぜ、七人の御使いたちに「手紙」が送られたのかというと、この七人の御使いたちは「天」に居るのではなく「地上」に居るからです。手紙の差出人は「天」に居ます。手紙の受取人の七人の御使いは「地上」に居ます。
ヨハネはこの時点ではまだ地上のパトモス島に居ました。地上のパトモス島に居ながら、「主の日に御霊に捕らえられ」私のうしろに「ラッパのような大きな声」で「あなたが見たことを巻物に記して、七つの教会、すなわち、エペソ、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアに送りなさい。」と命じられました。手紙は当時の七つの教会に対して「近いうちに携挙が来ますよ」と警笛を鳴らした内容です。しかし、実際には携挙は来ることなく、二千年過ぎた現代もいまだに携挙は来ていません。では、この「七つの教会への手紙」はなんのための手紙なのでしょうか?この「七つの教会への手紙」にはどんな意味があるのでしょうか?

私が御霊によって示されたことは・・・

クリスチャンのみなさんはこの「七つの教会への手紙」を読んで何を思いましたか?何を感じましたか?何を学びましたか?

エペソにある教会
2:4 けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。

スミルナにある教会
2:9 ・・・だが、あなたは富んでいるのだ。ユダヤ人だと自称しているが実はそうでない者たち、サタンの会衆である者たちから、ののしられていることも、わたしは知っている。
注:【スミルナ教会は外部からの「ユダヤ人だと自称しているが実はそうでない者たち、サタンの会衆である者たちから、ののしられている教会」でした】

ペルガモンにある教会
2:14 けれども、あなたには少しばかり責めるべきことがある。・・・

ティアティラにある教会
2:20 けれども、あなたには責めるべきことがある。

サルディスにある教会
3:1 ・・・わたしはあなたの行いを知っている。あなたは、生きているとは名ばかりで、実は死んでいる。
3:2 ・・・わたしは、あなたの行いがわたしの神の御前に完了したとは見ていない。

フィラデルフィアにある教会
3:8 わたしはあなたの行いを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることができない門を、あなたの前に開いておいた。あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。
3:9 見よ。サタンの会衆に属する者、すなわち、ユダヤ人だと自称しているが、実はそうではなく、嘘を言っている者たちに、わたしはこうする。見よ。彼らをあなたの足もとに来させてひれ伏させ、わたしがあなたを愛していることを知らせる。
注:【フィラデルフィア教会もスミルナ教会と同じように「サタンの会衆に属する者、すなわち、ユダヤ人だと自称しているが、実はそうではなく、嘘を言っている者たち」に攻撃されている教会でした。】

ラオディキアにある教会
3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、足りないものは何もないと言っているが、実はみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸であることが分かっていない。

ここに挙げたことは「七つの教会」の「霊的な問題、信仰的な問題、外部との軋轢の問題」です。
クリスチャンの方なら分っていると思いますが、聖書に出て来る「7」という数字は「完成数字」です。神は万物を六日間で創り、七日目にすべてをご覧になって良しとされて休まれました。黙示録も「七つの教会」の後に「七つの封印」が解かれ「七つのラッパ」が吹かれ「七つの鉢」がぶちまけられます。
神は「七」という「時」「区切り」「業」をもって事を行われ、終わらせます。ですから「七つの教会」は「七つの教会の時代の区切り」を表しています。「七つの教会の時代」から「七つの封印の時代」に人類は入って行きます。
現代は七つの教会の最後の「ラオディキア教会の時代」と云われています。教会で同性結婚式が挙げられたり、LGBTQ(性の多様性)や中絶問題でキリスト教界でも賛成派、反対派に分裂して争っている時代です。トランプが「私より聖書を読んでいる人は誰もいない」とわめいている時代です。(≧▽≦) 
すでに死んだビリー・グラハムの息子、自称・世界的伝道師のフランクリン・グラハムが「トランプは神が立てた大統領だ!」とわめいている時代です。この「ラオディキア時代の教会」が、本当にキリストの花嫁として携挙されると、クリスチャンのみなさんは心から思っていますか?

北の将軍様に「ちびロケットマン!」と言って罵倒し合ったあのトランプが、イエス・キリストと腕を組んでバージンロードを歩く姿を想像できますか? (≧▽≦)

神は初めの六日間の創造で七日目に良しとされました。しかし、人類歴史を終わらせる終末の「七つの教会」は問題がありすぎて良しとされませんでした。
つまり、「七つの教会の時代」の教会は

未完成の教会です。
不完全の教会です。
不良の教会です。
熟していない教会です。
貧しい教会です。
粗雑な教会です。
半熟な教会です。
上っ面だけの教会です。
形だけの教会です。
中身のない教会です。
薄っぺらな教会です。
崩れかけている教会です。
笑われ者の教会です。

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神が、「未完成の教会」を、携挙することは、ありません。

神が、「不完全の教会」を、携挙することは、ありません。

神が、「未完成の花嫁」を、携挙して、婿なるイエス・キリストの花嫁とすることは、ありません。

神が、「不完全の花嫁」を、携挙して、婿なるイエス・キリストの花嫁とすることは、ありません。

神は、「七つの教会」を完成させてから、完全なものとしてから、婿なるイエス・キリストの花嫁として、地上の教会を、携挙しに、来ます。

神が、裸で天の御使いたちから笑われ者にされている「現代のキリスト教会」を、婿なるイエス・キリストの花嫁として携挙しに来ることなど、100兆パーセントありません。
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「艱難時代」は現代の未完成の教会を100パーセント完成させるために神が用意された「信仰の訓練の時代」です。艱難時代を通過するキリスト教会の信仰によって「神から選ばれなかった不信仰の人々」が裁かれます。
艱難時代を通過するキリスト教会の信仰によって「神から選ばれた不信仰の人々」が救われます。
艱難時代を通して現代の「煮ても焼いても食えないキリスト教会」が「煮ても焼いても食えるキリスト教会」に変えられます。

3:18 わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精錬された金をわたしから買い、あなたの裸の恥をあらわにしないために着る白い衣を買い、目が見えるようになるために目に塗る目薬を買いなさい。
3:19 わたしは愛する者をみな、叱ったり懲らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。

「火で精錬された金」とは、艱難時代の苦しみの中から生まれ出て来た「真の信仰」です。艱難時代を通して現代のキリスト教会に蔓延している「自称・クリスチャン」が駆逐され、「真のクリスチャン」が残されます。

艱難時代は御霊による「新しいいのち(多くのクリスチャン)」が誕生するための「陣痛の時代」です。

「白い衣」とは、神がアダムとエバに着せた汚れのない「羊の毛皮の衣」、すなわち「イエス・キリストの血潮による完全な救い」に与ることです。

「目が見えるようになるために目に塗る目薬を買いなさい。」とは、神の国を見る「御霊の目」を受けなさい、という意味です。

ヨハネ福音書
3:3 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」

人は御霊によって生まれ変わったとき、初めて神の国を見ることが出来ます。聖書の真理を悟ることが出来ます。

艱難時代を通して七つの教会は「完成された教会」「完全な教会」「キリストの花嫁に相応しい教会」に生まれ変わります。そして、人々は艱難時代という太陽が消え去る「真っ暗な闇の世界」に在って、キリスト教会は「世の光」として輝き続けながら人々はキリスト教会の光を頼りに教会に集まって来て多くの人々が救われます。

マタイの福音書
5:14 あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。
5:15 また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。
5:16 このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。
5:17 わたしが律法や預言者を廃棄するために来た、と思ってはなりません。廃棄するためではなく成就するために来たのです。
5:18 まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。すべてが実現します。

ヨハネ福音書
1:4 この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。
1:5 光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。

光は闇に打ち勝つのです。

太陽が消え去る「真っ暗な闇の世界」でもキリスト教会の光は輝き続けます。
相手が巨大な竜であろうと蛇であろうと獣であろうと「真っ暗な闇の世界」に在ってキリスト教会の光は輝き続けます。

イエス・キリストは何があってもキリスト教会の「くすぶる灯芯」を消すことはありません。キリスト教会の「傷んだ葦」を折ることはありません。

マタイの福音書
12:20 傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯芯を消すこともない。さばきを勝利に導くまで。

艱難時代を通過して「勝利者」となった教会には、

2:7 ・・・勝利を得る者には、わたしはいのちの木から食べることを許す。それは神のパラダイスにある。』

2:11 ・・・勝利を得る者は、決して第二の死によって害を受けることはない。』

2:17 ・・・勝利を得る者には、わたしは隠されているマナを与える。また、白い石を与える。その石には、それを受ける者のほかはだれも知らない、新しい名が記されている。』

2:26 勝利を得る者、最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与える。

3:5 勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。またわたしは、その者の名をいのちの書から決して消しはしない。わたしはその名を、わたしの父の御前と御使いたちの前で言い表す。

3:12 わたしは、勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱とする。彼はもはや決して外に出て行くことはない。わたしは彼の上に、わたしの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、わたしの神のもとを出て天から下って来る新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを書き記す。

3:21 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせる。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。

・いのちの木から食べることを許す。

・決して第二の死によって害を受けることはない。

・隠されているマナを与える。また、白い石を与える。その石には、それを受ける者のほかはだれも知らない、新しい名が記されている。

・諸国の民を支配する権威を与える。

・白い衣を着せられる。またわたしは、その者の名をいのちの書から決して消しはしない。わたしはその名を、わたしの父の御前と御使いたちの前で言い表す。

・神の神殿の柱とする。彼はもはや決して外に出て行くことはない。わたしは彼の上に、わたしの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、わたしの神のもとを出て天から下って来る新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを書き記す。

・わたしとともにわたしの座に着かせる。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。

この「七つのご褒美、祝福」が約束されています。

次回に続く

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本文の聖書のことばは「聖書・新改訳©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会」から引用しています。
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネ福音書3:16

愛は最善を与えることです。

神は、人類を罪から救うために、御子イエス・キリストを人類に与えてしまいました。イエス・キリストを与えてしまったなら、もう、これ以上、高価で最善なものはありません。与えて、与えて、与え尽くして、もうこれ以上与えるものがなくなってしまったほどに、神は人間を愛されました。
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大河生水

四人の御使いたち(再臨ー6)

四人の御使いたち(再臨ー6)

今回はヨハネの黙示録9章に書かれている「世界最終戦争」の場面から「聖書の解釈」について考えていきます。

ヨハネの黙示録9章
9:12 第一のわざわいは過ぎ去った。見よ。この後なお二つのわざわいが来る。
9:13 第六の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、私は神の御前にある金の祭壇の四隅から出る声を聞いた。
9:14 その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」
9:15 すると、定められた時、日、月、年のために用意されていた四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放された。
9:16 騎兵の軍勢の数は二億であった。私はその数を聞いた。
9:17 私が幻の中で見た馬とそれに乗る人たちの様子はこうであった。騎兵は、火のような赤、くすぶった青、燃える硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は、獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄とが出ていた。
9:18 これらの三つの災害、すなわち、彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、人類の三分の一は殺された。
9:19 馬の力はその口とその尾とにあって、その尾は蛇のようであり、それに頭があって、その頭で害を加えるのである。

▼ 四人の御使い ▼

9:14 その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」
9:15 すると、定められた時、日、月、年のために用意されていた四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放された。

みなさんは14節、15節のこの記述を読んで、どんな感想を持ちましたか?どのようにこの場面をイメージしましたか?そのまま書いてある通りに、字義通りにイメージするなら

四人の御使いが天から剣を振りかざしながら大川ユーフラテスのほとりに降りて来て第六の御使いのラッパの合図とともに

神の言うことを聞かない堕落した人間どもめ!神に代わってわれら御使い四人衆が成敗してくれる

ブスッ!バシッ!ビシッ!ドカーーーン!!!

・・・人類の三分の一を殺して・・・

ハ ハ ハ ハ ハ・・・どうだ、まいったか!人間どもめ!!!

なんて想像しちゃいますよね。(^^;)
もちろん違います。問題は、

「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」

と書かれている「つながれている」の意味、解釈なんです。

YouTube で中川健一牧師、高原剛一郎牧師をはじめ「艱難 前期 説」を教える牧師、神学博士の先生方は以下の四つを理由にして

「ここに書かれている【御使い】は【サタン、悪霊】と解釈することが、正しい解釈です。」

と、教えています。

 ▼ 四人の御使いは四人のサタン、悪霊・説 ▼

1)そもそも御使いが地上に降りて来て人類の三分の一を殺すなんてあり得ない話しですから、この四人の御使いは「サタン」「悪霊」なんですよ。聖書には「サタン」を「御使い」と言い換えて書かれている箇所もありますから。

2)「御使いがつながれている」という記述は、ここ以外どこにも聖書に書いてありません。御使いは「自由な存在」で御使いが何かに縛られる、拘束されることはありません。縛られる、拘束されるのはサタンか悪霊たちですから、この「四人の御使い」はサタン、悪霊に決まってます。

3)本当はつながれているのは「サタン、悪霊」が正しいのですが、ヨハネがうっかり間違えて「御使い」と書いちゃっただけの話しです。

4)何回も写本しているうちに誰かが間違えて「サタン、悪霊」を「御使い」と書き写しちゃっただけの話しです。

以上の理由で、

ですから「ここに書かれている【御使い】は【サタン、悪霊】と解釈することが、正しい解釈です。」

と教えます。ほんとうにそうでしょうか?

わたし、大河生水は「四人の御使い」はそのまま素直に「四人の御使い」が正しいのですよ、と解釈します。

▼ 四人の御使いは四人のサタン、悪霊・説の矛盾 ▼

私から「四人の御使いは四人のサタン、悪霊・説」を説く日本の牧師、神学博士、世界の牧師、神学博士の皆様にお尋ねします。

3)、4)の説は論外として、

・では、なぜ、ヨハネは、「サタン、悪霊」を、わざわざ、「御使い」と、書いたのでしょうか?

・「四人の御使いは四人のサタン、悪霊・説」が正しいのであれば、なぜ、ヨハネは、「サタン、悪霊」を、わざわざ、「御使い」と、書いたのでしょうか?

ヨハネは「四人のサタン、悪霊」を見ながら、わざわざ「四人の御使い」と書いたのでしょうか?

・もし、「四人のサタン、悪霊」を、わざわざ、「四人の御使い」と書いたのなら、当然、何か意味が、ありますよね?

日本の牧師、神学博士の皆様、世界の牧師、神学博士の皆様、ちゃんと答えて下さい!!!
すべてのクリスチャンが納得するようにきちんと説明して下さい!!!

▼ 「四人の御使いは四人のサタン、悪霊・説」の矛盾に反論出来ない牧師、神学博士たち ▼

「四人の御使いは四人のサタン、悪霊・説」を教える牧師、神学博士の皆さんは、

「ここに書かれている【御使い】は【サタン、悪霊】と解釈することが正しい解釈です」

とサラッと言って次の話しに進んで行きます。

だったら、なぜ、ヨハネは、「サタン、悪霊」を、わざわざ、「御使い」と、書いたのでしょうか?

という疑問に答えようとしません。完全にスルーします。というか、そんな疑問も頭に浮かばないのでしょうね。疑問に思っても、結局分らないから、スルーするしかありません。自分たちが納得するように解釈するしかありません。

ヨハネが見たまま、聞いたままの事実を書いた「神の言葉」をねじ曲げる牧師、神学博士たち ▼

黙示録1章
1:1 イエス・キリストの黙示。これは、すぐに起こるはずの事をそのしもべたちに示すため、神がキリストにお与えになったものである。そしてキリストは、その御使いを遣わして、これをしもべヨハネにお告げになった。
1:2 ヨハネは、神のことばとイエス・キリストのあかし、すなわち、彼の見たすべての事をあかしした。

ヨハネは、神のことばとイエス・キリストのあかし、すなわち、彼の見たすべての事をあかしした。」

ヨハネは自分が見たこと、聞いたこと、御使いと会話したこと、すべてを、ありのままに、嘘偽りなく、正確に、書簡として書いて、まとめました。ヨハネの黙示録に書いてあることはすべて「神のことばとイエス・キリストのあかし」です。その「神のことばとイエス・キリストのあかし」を、ヨハネが間違えたり、いい加減に書いたりしません。ヨハネが見た光景が、本当に「四人のサタン、悪霊」だったなら、ヨハネは見たまま通りに、正確に、

その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人のサタン(悪霊)を解き放せ。」

と、書いたはずです。実際に、9章11節では「アバドン(ヘブル語で破壊、滅亡)」「アポリュオン(ギリシャ語で破壊者、殺人者)」というサタン、悪霊を象徴する言葉を使ってハッキリと御使いとサタン、悪霊を区別して書いています。

9:11 いなごたちは、底知れぬ所の使いを王としている。その名はヘブル語でアバドン、ギリシア語でアポリュオンという。

ヨハネは黙示録全部の章の記述の中で、それぞれ「神・御使い・サタン・悪魔・悪霊・獣・竜・偽預言者」をきちんと区別して書いています。神は神、御使いは御使い、サタンはサタン、悪魔は悪魔、悪霊は悪霊、獣は獣、竜は竜、偽預言は偽預言として、書いています。
にもかかわらず、「四人のサタン(悪霊)」ではなく「四人の御使い」と書かれています。

そして、以下に並べますが、黙示録8章の「第一の御使いのラッパ」から11章の「第七の御使いのラッパ」までの記述の中で、「御使い」は文字通り「御使い」としか書かれていません。

8:3 また、もうひとりの御使いが出て来て、・・・
8:4 香の煙は、聖徒たちの祈りとともに、御使いの手から神の御前に立ち上った。
8:5 それから、御使いは、その香炉を取り、・・・
8:6 すると、七つのラッパを持っていた七人の御使いはラッパを吹く用意をした。・・・
8:7 第一の御使いがラッパを吹き鳴らした。・・・

8:10 第三の御使いがラッパを吹き鳴らした。・・・
8:12 第四の御使いがラッパを吹き鳴らした。・・・
8:13 ・・・あと三人の御使いがラッパを吹き鳴らそうとしている。」・・・

9:1 第五の御使いがラッパを吹き鳴らした。・・・

9:13 第六の御使いがラッパを吹き鳴らした。・・・

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
9:14 その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」
9:15 すると、定められた時、日、月、年のために用意されていた四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放された。
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10:1 また私は、もうひとりの強い御使いが、・・・

10:5 それから、私の見た海と地との上に立つ御使いは、・・・

10:7 第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、・・・
10:8 ・・・「さあ行って、海と地との上に立っている御使いの手にある、開かれた巻き物を受け取りなさい。」
10:9 それで、私は御使いのところに行って、・・・
10:10 そこで、私は御使いの手からその小さな巻き物を取って食べた。・・・

11:15 第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。・・・

黙示録8章から11章の全体の文脈、流れの中で、9章14節だけ「ここに書かれている【御使い】は【サタン、悪霊】と解釈することが、正しい解釈です。」

と言うのは百パーセント無理筋です。違和感丸出しです。

御使いに関する全体の文脈、流れの中で、9章14節、15節に書かれている「四人の御使い」だけが「サタン、悪霊」だなんて、明らかにおかしいです。しかも、14節、15節はまとまった一つの文章として書かれていて、二回とも「四人の御使い」と書かれていますから、この箇所は「四人の御使い」で絶対間違いありません。

「四人の御使い」というワードは旧約、新約を含めて黙示録7章1~2節とこの箇所の合計4箇所しか出て来ません。黙示録7章1~2節の「四人の御使い」は明らかに正真正銘の「四人の御使い」です。サタン、悪霊ではありません。

7:1 その後、私は四人の御使いを見た。彼らは地の四隅に立ち、地の四方の風をしっかりと押さえて、地にも海にもどんな木にも吹きつけないようにしていた。
7:2 また私は、もう一人の御使いが、日の昇る方から、生ける神の印を持って上って来るのを見た。彼は、地にも海にも害を加えることを許された四人の御使いたちに、大声で叫んだ。

9:14 その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」

あのですね・・・牧師の間でこの箇所を解説するときによく「堕天使(だてんし)」という言葉を使うんですよね。「堕天使」とは「天使(御使い)が堕落してサタン、悪魔、悪霊になった」という意味で「堕天使」というワードを使うんですよね。「堕天使=サタン、悪魔、悪霊」です。そしてそれに引っかけて「ですからここに書いてある四人の御使いは四人の堕天使です」と話しを持っていくんですよね。中川牧師も YouTube でのメッセージの中で「この四人の御使いは堕天使です」とはっきり言っています。

あのですね・・・そもそも「堕天使」なんてものは存在しないのですよ。御使いは堕落した時点でサタン、悪魔なんです。天にいるのは御使いかサタンかのどちらかなんです。白か黒かのどちらかなんです。光か闇かのどちらかなんです。中間の光と中間の闇を混ぜた御使いなんて存在しないのです。堕天使というと

堕落+天使=堕天使

天使→堕落→堕天使

というように感じませんか?堕落してもなおも天使であるかのような「錯覚」をしませんか?天使と同格な悪の天使がいるような「印象」を受けませんか?

クリスチャンのみなさん、天使は堕落した時点で

天使ー堕落=サタン、悪魔
天使→堕落→サタン、悪霊

なのです。天使は堕落した時点ですでに「サタン、悪魔、悪霊」なのです。天使と悪魔の中間の「堕天使」なんてものは存在しないのです。

ですから本来、9章14節に書かれている「四人の御使い」がサタン、悪霊なら、単純に、ストレートに「この四人の御使いは四人のサタン、悪霊と解釈するのが正しいのです」と言はなければいけないのです。ですが、ストレートに「この四人の御使いは四人のサタン、悪霊と解釈するのが正しいのです」と言っちゃうと、

先生、なんで御使いがサタン、悪霊なんですか?
四人の御使いがサタンなら、なんでヨハネは「四人のサタン」を「四人の御使い」と書いたんですか?

と突っ込まれて何も答えられないから、合理的な説明が出来ないから、「四人の御使い」と「四人のサタン、悪霊」の間に「堕天使」というワードを入れることによって信徒に錯覚をさせて信徒の疑問を消してしまうのです。「堕天使」という言葉は「言葉のマジック」なのです。

     ↓↓↓↓↓

天使→堕落→堕天使→サタン、悪霊

天使→堕落→サタン、悪霊

     ↑↑↑↑↑

この違い分りますか?

YouTube の中川牧師はⅡペテロの手紙2章に書いてある記事に言及してここでも「堕天使」という言葉を使っています。

Ⅱペテロの手紙
2:4 神は、罪を犯した御使いたちを放置せず、地獄に投げ入れ、暗闇の縄目につないで、さばきの日まで閉じ込められました。

創世記6:1~6の記事に出て来る「神の子ら」は「御使いが堕落した堕天使です」と言って紐づけしながら「ですからⅡペテロの手紙2:4に出て来る御使いは創世記6:1~6に出て来る堕天使のことです」と結論付けています。聞いているハーベストタイムの信徒も「この御使いは堕天使なんだ」と錯覚して全く疑問にも思わず鵜呑みして納得します。なぜか分りませんが、中川牧師は肝心な箇所を「サタン、悪霊」と言わず聖書の中に存在しない「堕天使」というワードで解説します。

私は中川牧師の黙示録9章の解説ビデオを観ましたが、メッセージの中でハッキリと中川牧師の口から「神が用意したこの堕落した天使は・・・」と言葉が出て来ます。

「堕落した天使」なんていうものは存在しません。

天使は堕落した時点で「サタン・悪魔・悪霊」に変わります。

天使とサタン、悪霊の中間の「堕落した天使」なんていうものは聖書のどこにも出て来ません。

天使かサタン、悪霊の二者択一です。

「堕落した天使」というと「堕落した状態の天使」と勘違いしませんか?錯覚しませんか?何も分からない初心者の人なら聖書には天使とサタン、悪霊と堕落した天使の三者が出てくるんだと思いますよ。はじめから在りもも存在しない「堕天使」という言葉によってサタン、悪霊の「本質」が隠れてしまいます。「堕天使」という言葉はサタン、悪霊の本質を隠してしまう「言葉のマジック」なのです。中川牧師の「言葉のマジック」は中川牧師の「霊」から出て来ます。

2:4 神は、罪を犯した御使いたちを放置せず、地獄に投げ入れ、暗闇の縄目につないで、さばきの日まで閉じ込められました。

「罪を犯した御使いたち」は罪を犯した時点ですでに堕天使ではなく「サタン、悪霊」なのです。パウロはここで御使いたちが罪を犯したという客観的事実を説明するために「罪を犯した御使いたち」と書いたのであって、御使いたちが罪を犯して「堕天使」になったわけではありません。御使いたちは罪を犯して「サタン、悪魔、悪霊」になったのです。

天使が堕落してサタン、悪魔、悪霊になったんですから、単純に、ストレートに「天使が堕落してサタン、悪魔、悪霊になりました」と言えばいいのに、なぜか、分りませんが、「天使が堕落して堕天使になりました」と言うんですよね。それに引っかけて「ですからこの四人の御使いも四人の堕天使です」と話しを持って行って聞いているハーベストタイムの信徒も「この四人の御使いは四人の堕天使なんだ」と納得しちゃうんですよね。

黙示録20章
20:1 また私は、御使いが底知れぬ所の鍵と大きな鎖を手にして、天から下って来るのを見た。
20:2 彼は、竜、すなわち、悪魔でありサタンである古い蛇を捕らえて、これを千年の間縛り、
20:3 千年が終わるまで、これ以上諸国の民を惑わすことのないように、底知れぬ所に投げ込んで鍵をかけ、その上に封印をした。その後、竜はしばらくの間、解き放たれることになる。

黙示録をはじめ、聖書に書かれている「底知れぬ所」「地獄」から出て来るのは全て「竜・悪魔・サタン・悪霊」です。「底知れぬ所から堕天使が出て来た」なんてどこにも書いてありません。

私は屁理屈を言っているのではありません。言葉の一部分だけを切り抜いて言葉狩りをしているのではありません。「聖書解釈」において極めて大事なことを言っているのです。

そもそも「堕天使」という言葉は御使い(天使)が天で堕落してサタン、悪魔、悪霊になった「サタン、悪魔、悪霊」を説明するための「便宜上の造語」です。

御使い(天使)が+堕落して+サタン、悪魔、悪霊になった」という三つの要素を一つの言葉としてまとめた聖書に書かれていない「便宜上の造語」です。その意味で「堕天使=サタン、悪魔、悪霊」なのです。あくまでもサタン、悪魔、悪霊を説明するための「便宜上の造語」であって、実際に「堕天使」が存在しているわけではありません。私の言っている意味、分かりますよね?

最近は御使いとサタン、悪魔、悪霊とは別に「堕天使」も存在しています。と教える牧師もいるんですよ。

私は「堕天使」の意味は分っています。牧師、神学博士たちが「堕天使」という言葉によって何を言いたいのかも分っています。その真意も理解しています。御使いとサタンを区別する意味で「堕天使」という言葉を使っていることも分かっています。しかし、元々聖書の中に存在しない「堕天使」なる架空なものをでっち上げて何も分からない信徒を惑わせながら自分たちの教えを正当化することは明らかな「反・聖書的な行為」です。「反・キリスト的な教え」です。違いますか?

「艱難 前期 説」を教える牧師先生方は言葉のマジックによって信徒を錯覚させて「堕天使」なんてものは存在しないのにあたかも存在するかのように「惑わせて」艱難 前期 説を正当化していきます。

もし、「四人の御使いは四人のサタン、悪霊・説」が正しいとするならば、なぜ、ヨハネはこの箇所だけ「四人のサタン、悪霊」を「四人の御使い」と書いたのでしょうか?

なんの必要があってヨハネは「四人のサタン、悪霊」を「四人の御使い」と書いたのでしょうか?

日本の牧師、神学博士の皆様、世界の牧師、神学博士の皆様、ちゃんと答えて下さい!!!
すべてのクリスチャンが納得するようにきちんと説明して下さい。!!!

ヨハネの身になって答えて下さい!!!

▼ 分らないことを自分たちの聖書知識と知恵で分ったふりをする牧師、神学博士たち ▼

では、なぜ、「四人の御使いは四人のサタン、悪霊・説」が牧師、神学博士の間で正しいと語られているのかというと、

分らないから

です。
アメリカの神学大学を卒業して立派な威厳に満ちた光輝く牧師、神学博士の肩書を付けて上から目線で何も分からない信徒に教えるほどの聖書知識とヘブル語とユダヤの歴史を学んだ先生方でも「四人の御使い」をそのまま「四人の御使い」と解釈するとさっぱり意味が分らないから、筋が通らないから、矛盾が解決出来ないから、合理的な解釈が出て来ないから、

「四人の御使い」を「四人のサタン、悪霊」に書き換えればいんじゃねえの?これで辻褄が合うじゃん。筋が通るんじゃん。これでイケるイケる!これで決まり!!!これでぜんぜんOK!!!

ということになって、いつの間にか聖書が「ねじ曲げられて」語られようになりました。生ける神の言葉が「歪曲されて」当たり前のように教会で、YouTubeで、語られるようになりました。そしてなんとか字義通りの解釈に合わせよと、トンデモな空想話の世界に入って行きます。

中川牧師の解釈ではこの箇所は四人の悪霊の親玉が2億の悪霊の軍勢を指揮して人類に火と煙と硫黄による災害を与えて人類の三分の一を殺すそうです。大丈夫?この先生。

▼ 「四人の御使い」が大川ユーフラテスのほとりにつながれていた理由 ▼

9:14 その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」
9:15 すると、定められた時、日、月、年のために用意されていた四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放された。

「四人の御使い」が「大川ユーフラテスのほとりにつながれていた」理由は、

「大川ユーフラテス」が神の手によって厳重にサタンから守られていたのを解くためです。「第六の御使いのラッパ」が吹かれるまで絶対サタンの軍勢に「大川ユーフラテス」が荒らされないように神が守っていた領域を、「定められた時、日、月、年」が来たので、今度はサタンに「大川ユーフラテス」を開放するために、今まで「大川ユーフラテスのほとり」につないでいた「四人の御使い」を解き放ちました。

「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」

ここに書いてある「つながれている」とは

拘束されている
束縛さている
とらわれている
専従されている
専属されている
待機している

という意味です。

「つながれている」と書かれていると、一般的に「鎖や縄につながれて自由を制限されている」というイメージがありますが、ここでの「つながれている」の意味は「専従されている」「専属されている」という意味です。この「四人の御使い」は、

神から「特命」を受けて、神が定められた「世界最終戦争」の時、日、月、年が来たら、ユーフラテス川に降りて「神から与えられた、ある仕事、ある使命」を果たすために、以前からず~~~と「ユーフラテスのほとり」で待機していました。「・・・ほとり」とは「すぐ近くで」という意味です。天から遠くにあるユーフラテス川を眺めていたのではありません。ユーフラテス川の川べりで「第六の御使いのラッパの音」を聞き逃ささないように耳そばだてて待機していました。

「四人の御使い」がユーフラテスのほとりに「つながれている」というのは

神から与えられた使命につながれている
神から与えられた使命に拘束されている
神から与えられた使命に束縛されている
神から与えられた使命に専従している
神から与えられた使命に専属している
神から与えられた使命のために待機している

四人の御使い

という意味です。また「つながれている」は「神と御使いが密接に」という意味があります。

▼ 現代の大川ユーフラテスのほとり ▼

神にとって現代の中東は霊的な「イスラエル神殿」を攻撃する強硬派のイランやアラブ諸国、穏健派のイスラム諸国に囲まれている地域ですから、神が「定められた時、日、月、年」が来るまで、絶対、中東から大戦争が起こらないように、中東に「三分の一のサタンの軍勢」が入って来れないように「垣」を築いて霊的な「イスラエル神殿」を守って来ました。それほど現代のユーフラテス川のほとりペルシャ湾は神にとって最重要な場所、案件なのです。その重要性を強調する意味で、ヨハネは「つながれている四人の御使い」という「強い言葉」で書き記しました。

現代の中東は全世界の国々の存亡に関わる石油を売ってもらう「産油国」が集まっている場所です。

日本の皆さん、もし、明日、突然、日本が中東からの石油輸入を100パーセント完全にストップされたらどうなるか?分りますよね。いくら世界が代替エネルギー原発増やせだソーラーエネルギーだと騒いでも日本が、世界が、石油依存から完全に脱却することは出来ません。

資源エネルギー庁
【第222-1-1】世界の原油確認埋蔵量(2019年末)


       

中東ではサッカーW杯がカタールで開幕しましたね。みなさん眠いの我慢しながら観ていますか?日本が初戦で勝てそうにもない強豪ドイツに勝っちゃって(失礼)日本列島はお祭り騒ぎでしたが、昨日の第二戦で勝てるはずのコスタリカに負けちゃって・・・(^^;)

私も中学、高校とサッカー小僧をやっていましたから、やはり気になります。もうむかしほど夢中になって観ることはありませんが、ネットで試合が終わった後、ダイジェスト版を観る程度で楽しんでいます。まぁ、これが今の日本の実力ですから・・・(≧▽≦) 
天ではグループリーグ最終戦の 日本 VS スペイン 戦でどちらが?対?で勝つか?どこの国が優勝するか?すでに分っています。地上の私たちは後追いで予想しながら熱狂して楽しんでいます。

ところで渋谷のNHKの取材班によるホームページの記事によりますと、日本は今まで輸入LNGの約20%を中東のカタールから「25年長期契約」で輸入していました。そしてロシアが戦争を始める前の去年の12月に「25年長期契約」の更新の時期が来たのですが、電力会社が25年間という長期の契約しか認められず、脱炭素の流れで将来的な需要を見通せないことやLNGを自由に転売できない「仕向地条項」が要因となって結局「25年長期契約」を更新しませんでした。ところが今年に入って2月にロシアが戦争を始めたことから降って湧いたように世界の石油、LNGの争奪戦が始まったので慌てて6月にカタールに「25年長期契約」の更新を申し込みに行ったのですが、すでに日本が保有していた「25年長期契約」は他の国に契約が決まってしまい契約失効で日本はこりゃ大変だと慌てている状態です。それでもって今まで日本が契約していた「25年長期契約」をどこの国が買い取ったのかというと、お隣の中国です。この機に乗じて中国は世界のエネルギーを次から次へと爆買いしています。

そもそも砂漠の地で国土面積が秋田県と同じくらい、人口は東京都の五分の一の約280万人(カタール国籍はわずか13%の27万8,000人)の小さな国が、八つもの巨大なスタジアムを造って世界的なサッカーW杯を開催すること自体が奇跡を超えて尋常ではありません。W杯が終わったらあの八つの巨大スタジアムはどうするんですかね?しかも国民は所得税が課せられることなく、医療費、電気代、電話代が無料だそうですから、これも絶大な「オイル・マネー」の力です。

中東の石油問題は世界の石油消費国の存亡の危機に関わる「死活問題」です。石油産油国OPEC)にとっても存亡の危機に関わる「死活問題」です。石油を巡る消費国の死活問題と産油国の死活問題の戦いです。みなさん理解していると思いますが、今の日本、世界の物価高騰の原因は国内経済ではなく「世界の輸入エネルギーの争奪戦」によるインフレですから、産油国が石油の輸出量を増やさない限り収まることはありません。産油国が自分たちの儲けを減らしてまで消費国を助けることはありません。産油国にとっても「死活問題」ですから。しかも、コロナやこの先中国による戦争のリスクが待っています。ですから世界の負のインフレ・スパイラルはこの先止まることはないでしょう。
もし、この先、数年から数十年の内に中東でひとたび大戦争が始まったら全世界の国々が中東の戦争に参戦せらず得ない状況に追い込まれて行きます。

中東の大川ユーフラテスのほとり「ペルシャ湾」「エルサレム神殿」「産油国」がキーワードとなって、ユダにサタンが入ってユダがイエスに手の平を返して裏切ったように、サタンが入った反・キリストが手の平を返して世界への裏切りによって全世界の国々の総勢2億の軍隊による「世界最終戦争」が勃発します。それが10年後なのか、20年後なのか、30年後なのか、50年後なのか、100年後なのか、分りませんが、神が「定められた時、日、月、年」が来た時、始ります。

▼「四人の御使い」の特別な使命 ▼

話しを元に戻します。
では、「大川ユーフラテスのほとり」から解き放たれた「四人の御使い」は、大川ユーフラテスで、いったい、何をしたのでしょうか?この「四人の御使い」は、神からどんな使命を受けたのでしょうか?
この「四人の御使い」は、何をするために解き放たれたのでしょうか?

その答えが前に投稿したように旧約聖書ヨブ記1章に書かれている「垣(かき)」を、取り除くためです。
中東がサタンによって荒らされないように神が張り巡らした「垣(ヨブ記1:10・垣根・囲い・仕切り・壁・フェンス・バリケード)」を取り除くために、ユーフラテス川のほとりにつながれていた「四人の御使い」が解き放たれました。

「四人」という人数、数字は「世界の四隅」「全世界の領域」「指定されたすべての領域」を表しています。ですからここでは「ユーフラテス川のほとりの中東を中心とする全世界の国々、地域」を指します。世界は「中東の石油」というネットワークで繋がれています。

「四人の御使い」が解き放たれて次から次へと「垣」が消えていきサタンを拒む障害物がすべて無くなったので、中東は「サタンのやりたい放題の世界」となり、人類は「世界最終戦争」を迎えます。ここで、「エルサレム神殿」を巡る神とサタンの最後の攻防が始ります。

次回に続く
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本文の聖書のことばは「聖書・新改訳©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会」から引用しています。
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネ福音書3:16

愛は最善を与えることです。

神は、人類を罪から救うために、御子イエス・キリストを人類に与えてしまいました。イエス・キリストを与えてしまったなら、もう、これ以上、高価で最善なものはありません。与えて、与えて、与え尽くして、もうこれ以上与えるものがなくなってしまったほどに、神は人間を愛されました。
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すでに解かれた「七つの巻物の封印」(再臨ー5)

すでに解かれた「七つの巻物の封印」(再臨ー5)

クリスチャンのみなさん。「七つの巻物の封印」はすでに解かれました。

YouTube の牧師先生の皆様、

「今は艱難時代に入る前の前兆なんですよ。艱難時代に入る前にクリスチャンは必ず携挙されますから安心して神様を信じてくださいね!」

なんてお花畑の教えを語っている場合ではありません。

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「七つの巻物の封印」はすでに解かれています。
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ヨハネの黙示録6章
6:1 また私は、子羊が七つの封印の一つを解くのを見た。そして、四つの生き物の一つが、雷のような声で「来なさい」と言うのを聞いた。
6:2 私は見た。すると見よ、白い馬がいた。それに乗っている者は弓を持っていた。彼は冠を与えられ、勝利の上にさらに勝利を得るために出て行った。

■ 人を撃抜くための弓を持って「白い馬に乗っている者」は勝利の上にさらに勝利をという「冠(終わりのない欲望、野望、野心)」が与えられ、地上に出て行きました。■

6:3 子羊が第二の封印を解いたとき、私は、第二の生き物が「来なさい」と言うのを聞いた。
6:4 すると別の、火のように赤い馬が出て来た。それに乗っている者は、地から平和を奪い取ることが許された。人々が互いに殺し合うようになるためである。また、彼に大きな剣が与えられた。

■ 地から平和を奪い取る権威と権力を与えられた大きな剣を持った者が人を殺すために「燃える火のような赤い馬」に乗って地上に出て行き来ました。■

6:5 子羊が第三の封印を解いたとき、私は、第三の生き物が「来なさい」と言うのを聞いた。私は見た。すると見よ、黒い馬がいた。これに乗っている者は秤を手に持っていた。
6:6 私は、一つの声のようなものが、四つの生き物の真ん中でこう言うのを聞いた。「小麦一コイニクスが一デナリ。大麦三コイニクスが一デナリ。オリーブ油とぶどう酒に害を与えてはいけない。」

■ 秤・はかり(世界経済を支配する権威と権力)を手に持った者が「黒い馬」に乗って地上に出て行き来ました。■

6:7 子羊が第四の封印を解いたとき、私は、第四の生き物の声が「来なさい」と言うのを聞いた。
6:8 私は見た。すると見よ、青ざめた馬がいた。これに乗っている者の名は「死」で、よみがそれに従っていた。彼らに、地上の四分の一を支配して、剣と飢饉と死病と地の獣によって殺す権威が与えられた。

■ 地上の四分の一を支配して、地の獣によって剣(戦争)と飢饉(自然災害、経済貧困による飢え)と死病(コロナのような世界的な疫病)によって人々を殺す権威が与えられた者が「青ざめた馬」に乗って地上に出て行きました。■

ここに出て来た

白い馬
火のように赤い馬
黒い馬
青ざめた馬

それぞれの「馬」は、すでにこの地上にちらほらと出て来ましたよね?ロシアがそうですよね?中国がそうですよね?世界経済がそうですよね?世界食糧がそうですよね?違いますか?

今は「準備」の時代です。反・キリストを迎えるための「準備をしている期間」です。

世界経済はコロナやロシアの戦争がきっかけとなって超インフレ時代に入り、どの国も庶民の生活は苦しく不満が爆発して政治が不安定になり、国内紛争やその先に待っている「戦争」が世界のあちらこちらで始ります。ただし、これから起こる世界戦争は「反・キリストを迎えるため」の戦争で、「地上の四分の一」の地域で治まる程度の戦争で、「世界最終戦争」に至ることはありません。そのような世界情勢の中で、「反・キリスト」が登場します。

反・キリストが世界の頂点に立つためのキーワードは「平和」です。反・キリストは世界に平和をもたらすために現れて、「平和」によって世界を統一して、世界を治めます。

かつて、人類歴史で戦争によって世界を征服した人物は一人もいません。暴力によって世界を治めた権力者は一人もいません。アレキサンダー大王も、チンギス・ハーンも、ナポレオンも、ヒトラーも、世界征服を試みましたが、誰ひとり世界を征服した人はいません。サタンは賢いです。人類を戦争や暴力で征服して支配出来ないことを知っています。だから、平和を装って人類に現れて人類を統一して支配します。

世界戦争に疲弊した人類は「平和」を求めます。これで人類はもう消滅するしかない、との絶望の世界で「人類の救い主」を求めます。世界の「人類の救い主への渇望」が頂点に達した時、満を持して「反・キリスト」が登場します。
キリスト教会も一部の教会は「とにかく世界が平和になればそれでいいじゃない。イエス様も平和をつくる者は幸いであるとおっしゃっているのだから」ということで、反・キリストに取り込まれていきます。

そして反・キリストは次々と世界の国際問題、経済問題、食料問題、エネルギー問題、などなど、ときには奇跡を行いながら解決して世界に平和をもたらして、全世界からの賞賛と信頼を得て、世界の頂点に立ちます。

はっきり言いますが、この先何年待てど暮らせど携挙は来ません。キリスト教会が艱難時代を通過しなければ携挙は来ません。

イエス・キリストが「わたしはあなたがたを守る」と言われたのは「私はあなたがたを艱難時代前に携挙して人類の災いからあなたがたを守ります」と言われたのではありません。

「あなたがたは艱難時代を通りますが、あなたがたは私が守りますから心配しないでください」と言われたのです。

携挙の目的は「花婿なるキリストと花嫁なるクリスチャンの結婚式」です。「クリスチャンを艱難時代から救うため」ではありません。

エジプト、パロ王の時代の「十の災い」で、神の災いはエジプト全土に下り、同じエジプトの地に居ながらイスラエルは災いに遭うことがなく、エジプトだけが災いに遭いました。イスラエルは神がパロ王・エジプトを裁く同じエリア、ステージに居ながら、神はイスラエルを守りエジプトだけに災いを下して裁きました。そのように、キリスト教会が艱難時代を通過しても全能の神の御手によってキリスト教会、クリスチャンは守られます。神はクリスチャンの「信仰」を守るのです。クリスチャンの心に燃える「御霊の火」が消えないように守るのです。

この先3年後、5年後の世界情勢の景色で何が正しくて何が誤りなのか、何が真で何が偽なのか、見えて来ます。

クリスチャンのみなさん。「七つの巻物の封印」はすでに解かれています。

次回に続く
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本文の聖書のことばは「聖書・新改訳©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会」から引用しています。
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネ福音書3:16

愛は最善を与えることです。

神は、人類を罪から救うために、御子イエス・キリストを人類に与えてしまいました。イエス・キリストを与えてしまったなら、もう、これ以上、高価で最善なものはありません。与えて、与えて、与え尽くして、もうこれ以上与えるものがなくなってしまったほどに、神は人間を愛されました。
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★ 聖書の疑問は聖書が答える!★
Tokyo Bible Club`s
東京聖書クラブ
大河生水

聖書・ふしぎ発見!(その1)

聖書・ふしぎ発見!(その1)

クリスチャンのみなさんお元気ですか~ (@^^)/~~~

世の中、嫌なこと、苦しいこと、不安なことばかりで、気が滅入りますよね。あっ!クリスチャンはいつも教会で恵まれて神様の愛に満たされているから余裕ですよね!(^^)/

今回は、気分転換に新たに「聖書・ふしぎ発見!」コーナーを作りました。某テレビ局で放送している「○○世界・ふしぎ発見!」のパクリではありません。(≧▽≦)

聖書から「なにこれ?こんなのアリなの?」っといった珍しい、おもしろい、不思議な記事を見つけてみなさんの教会での交わりのときのネタにでもしてもらえばと思います。

聖書・ふしぎ発見!第一回

クリスチャンのみなさんは旧約聖書の創世記37章~50章にかけて書かれているヤコブの子、ヨセフの生涯を読まれて、なにか気がついたことはありませんか?色々な視点から読めば色々と気がつかされることがありますが・・・。

つい最近、御霊によって教えられたことですが・・・

クリスチャンのみなさんは知っていましたか?
気が付いていましたか?

★ ヨセフの生涯で、神がヨセフに神の言葉を語ったことは一度もありません ★

★ また、ヨセフが神に語りかけたり祈ったことも、一度もありません ★

★  ヨセフは一度も神と会話したことがありません ★

★ ヨセフは一度も神に祈ったことはありません ★

★ ヨセフと神の接点は、唯一、「夢の解き明かし」だけです ★

これ、ほんとですよ!!!だから「聖書・ふしぎ発見!」です。
創世記37章~50章をサラ~とでいいですから読み流して確認してみて下さい。

・神がヨセフに何かを語った記述は一つも出て来ません。
・ヨセフが神に語りかけた記述は一つも出て来ません。

・ヨセフが神に祈った記述は一つも出て来ません。

・もちろん燔祭を捧げるとかなにか祭祀をしたことなど一つも出てきません。


アブラハムも、イサクも、ヤコブも、モーセも、ダビデも、旧約時代の信仰者、メインキャストは、みなさん必ず天からの神の声を聞いています。会話をしています。祈っています。にもかかわらず、なぜか、ヨセフだけが、神の声を聞いていません。祈っていません。いや、神の声を聞いていますが、神に祈っていますが、そのことが記述されていません。神の意図によって隠されています。


普通に考えれば、聖書、ユダヤの歴史に残る信仰者で、しかも、当時の中東の一番の大国で、今でもその威容を誇るエジプトのピラミッドを造った歴史のある国を飢饉という存亡から救って国の政治を任されたヨセフですから、当然、神からヨセフへの語りかけや、お互いの会話や、ヨセフが神に祈る場面があっても、いいですよね?でも、そのような場面は一切出て来ません。しかし、ヨセフの「神への信仰」と「神の祝福」は、以下のように書かれています。

39:1 一方、ヨセフはエジプトへ連れて行かれた。ファラオの廷臣で侍従長ポティファルという一人のエジプト人が、ヨセフを連れ下ったイシュマエル人の手からヨセフを買い取った。

39:2 【主】がヨセフとともにおられたので、彼は成功する者となり、そのエジプト人の主人の家に住んだ。
39:3 彼の主人は、【主】が彼とともにおられ、【主】が彼のすることすべてを彼に成功させてくださるのを見た。
39:20 ヨセフの主人は彼を捕らえ、王の囚人が監禁されている監獄に彼を入れた。こうして彼は監獄に置かれた。39:21 しかし、【主】はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。39:22 監獄の長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手に委ねた。ヨセフは、そこで行われるすべてのことを管理するようになった。

39:23 監獄の長は、ヨセフの手に委ねたことには何も干渉しなかった。それは、【主】が彼とともにおられ、彼が何をしても、【主】がそれを成功させてくださったからである。

41:16 ヨセフはファラオに答えた。「私ではありません。神がファラオの繁栄を知らせてくださるのです。」


41:51 ヨセフは長子をマナセと名づけた。「神が、私のすべての労苦と、私の父の家のすべてのことを忘れさせてくださった」からである。

45:5 私をここに売ったことで、今、心を痛めたり自分を責めたりしないでください。神はあなたがたより先に私を遣わし、いのちを救うようにしてくださいました。
45:4 ヨセフは兄弟たちに言った。「どうか私に近寄ってください。」彼らが近寄ると、ヨセフは言った。「私は、あなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。
45:5 私をここに売ったことで、今、心を痛めたり自分を責めたりしないでください。神はあなたがたより先に私を遣わし、いのちを救うようにしてくださいました。
45:6 というのは、この二年の間、国中に飢饉が起きていますが、まだあと五年は、耕すことも刈り入れることもないからです。
45:7 神が私をあなたがたより先にお遣わしになったのは、あなたがたのために残りの者をこの地に残し、また、大いなる救いによって、あなたがたを生き延びさせるためだったのです。
45:8 ですから、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、神なのです。神は私を、ファラオには父とし、その全家には主人とし、またエジプト全土の統治者とされました。

50:15 ヨセフの兄弟たちは、自分たちの父が死んだのを見たとき、「ヨセフはわれわれを恨んで、われわれが彼に犯したすべての悪に対して、仕返しをするかもしれない」と言った。
50:16 そこで、彼らはヨセフに言い送った。「あなたの父は死ぬ前に命じられました。
50:17 『ヨセフにこう言いなさい。おまえの兄弟たちは、実に、おまえに悪いことをしたが、兄弟たちの背きと罪を赦してやりなさい、と。』今、どうか、父の神のしもべたちの背きを赦してください。」ヨセフは彼らのこのことばを聞いて泣いた。
50:18 彼の兄弟たちも来て、彼の前にひれ伏して言った。「ご覧ください。私たちはあなたの奴隷です。」
50:19 ヨセフは言った。「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりになることができるでしょうか。
50:20 あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。
50:21 ですから、もう恐れることはありません。私は、あなたがたも、あなたがたの子どもたちも養いましょう。」このように、ヨセフは彼らを安心させ、優しく語りかけた。

なぜ、神は、わざわざ、隠したのでしょうかね?「聖書・ふしぎ発見!」ですよね。

祈りが大の大の大の苦手な私は「ヨセフはぜんぜん祈らなくても神がともにおられて祝福して下さったんだから、だったら私も祈らなくてもぜんぜんOKじゃん!」と、つい、思ってしまうのですが・・・(^^;)
さらに不思議なことは

37:1 さて、ヤコブは父の寄留の地、カナンの地に住んでいた。
37:2 これはヤコブの歴史である。ヨセフは十七歳のとき、兄たちとともに羊の群れを飼っていた。彼はまだ手伝いで、父の妻ビルハの子らやジルパの子らとともにいた。ヨセフは彼らの悪いうわさを彼らの父に告げた。

と書いてあり、ヨセフの生涯、歴史を中心に長く書かれているにもかかわらず、「これはヤコブの歴史である。」と書かれています。確かにヤコブの子、ヨセフの歴史で後半にヤコブの臨終が出て来ますから「これはヤコブの歴史である。」でもいいのですが・・・。私がヨセフだったら

神様、いくらなんでもそれはないでしょ。この場面は私がメインキャストなんだからさ、タイトルは「これはヨセフの歴史である」で頼みますよ。

とクレームを入れますよ。(^^;)

教会に通っておられるクリスチャンの方々は午後の交わりの中でお仲間の信徒の方々に

■ 問題
・ヨセフの生涯の中で、神がヨセフになにかを語ったことはありますか?
・ヨセフと神は会話したことがありますか?
・ヨセフは神に祈ったことはありますか?
30秒でYESかNOで答えて下さい!

とやってみて下さい。もちろん牧師先生にも。「あれっ?どうだったけな???」なんて言っている牧師先生は牧師として失格です。だって神学校を卒業した「牧師」なんですから。

次回をお楽しみに!
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本文の聖書のことばは「聖書・新改訳©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会」から引用しています。
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネ福音書3:16

愛は最善を与えることです。

神は、人類を罪から救うために、御子イエス・キリストを人類に与えてしまいました。イエス・キリストを与えてしまったなら、もう、これ以上、高価で最善なものはありません。与えて、与えて、与え尽くして、もうこれ以上与えるものがなくなってしまったほどに、神は人間を愛されました。
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サタンに支配される領域(再臨ー4・正しい解釈のために)

サタンに支配される領域

(再臨ー4・正しい解釈のために)

「なんで三分の一なの?(再臨ー3・正しい解釈のために)」からの続きです。

前回投稿の答えとして、「三分の一」という数字は

サタンの数

です。

天での「サタンの総人数」

を表しています。
聖書には御使い、サタンの生年月日や人数はどこにも書かれていません。ですから御使い、サタンに関する正確な情報は誰も分りません。しかし、黙示録5章11節に御使いの数を示唆する光景が書かれています。

黙示録5章
5:11 また私は見た。そして御座と生き物と長老たちの周りに、多くの御使いたちの声を聞いた。その数は万の数万倍、千の数千倍であった。
5:12 彼らは大声で言った。「屠られた子羊は、力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美を受けるにふさわしい方です。」

「・・・多くの御使いたちの声を聞いた。その数は万の数万倍、千の数千倍であった。」

「その数は万の数万倍、千の数千倍」という表現は数えきれないほどの、おびただしい数という意味ですから、少なくとも数億、数十億の数の御使いが天に存在していると、私は思っています。ほぼ人類の総数に匹敵するほどの御使いの数です。その数億、数十億の御使いの「三分の一」の数の御使いたちが神に反抗して「サタン(神に敵対する勢力)」となりました。サタンは元々は御使いでした。

Ⅱコリント人への手紙
11:14 しかし、驚くには及びません。サタンでさえ光の御使いに変装します。

その御使いの一部(御使いの全数の三分の一)が徒党を組んで一斉に職場放棄して神に反抗した者たちが「サタン(שָּׂטָן)」です。

ユダの手紙1章
1:6 またイエスは、自分の領分を守らずに自分のいるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の鎖につないで暗闇の下に閉じ込められました。

サタンとはヘブル語で「神に敵対する者、告発する者、訴える者」という意味です。

黙示録12章
12:7 さて、天に戦いが起こって、ミカエルとその御使いたちは竜と戦った。竜とその使いたちも戦ったが、
12:8 勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。
12:9 こうして、その大きな竜、すなわち、古い蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれる者、全世界を惑わす者が地に投げ落とされた。また、彼の使いたちも彼とともに投げ落とされた。
12:10 私は、大きな声が天でこう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と王国と、神のキリストの権威が現れた。私たちの兄弟たちの告発者、昼も夜も私たちの神の御前で訴える者が、投げ落とされたからである。

聖書全体を通しての学説としてサタンはかなりの数がいて、御使いの総数の三分の一の数がサタンの群れになったと、云われています。私は学説がサタンの数が三分の一だから黙示録に書かれている三分の一もサタンです、と言っているのではありません。ヨブ記をはじめ聖書のいろいろな箇所を読みながら黙示録の三分の一はサタンである、という答えになりました。後から結果的に学説の三分の一と一致しました。

黙示録8章、9章に書かれている七つの御使いのラッパの時代の「艱難時代」に出て来る「三分の一」という数字は、天に於ける「サタンの数」です。ですから艱難時代の「災いの数字」「破壊の数字」がすべて「三分の一」に統一されているのは

天から見て、人類の世界が「天の三分の一のサタン」に支配される光景を、ヨハネは見たからです。

ヨハネが見た光景をヨブ記1章と重ね合わせて考えるならば、

第一の御使いのラッパから始まって第六の御使いのラッパまで、その都度、それまで人類を囲っていた神の「垣」(ヨブ記1:10・垣根・囲い・仕切り・壁・フェンス・バリケード)が順番に、段階的に、取り払われて行き、サタンがヨブに災いと破壊をもたらしたように、サタンが自然界、人類の世界を支配しながら御使いのラッパが次々と吹かれる度に黙示録8章、9章に書かれているそれぞれの災いと破壊を人類にもたらします。

黙示録8章
8:7 第一の御使いがラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火が現れて、地に投げ込まれた。そして地の三分の一が焼かれ、木々の三分の一も焼かれ、すべての青草も焼かれてしまった。

と書いてあるのは、

人類が住む地球の自然界、人間の世界すべてが「天の三分の一のサタンの軍勢」によって支配され揺り動かされながら地球規模の、宇宙規模の、人類規模の災い、破壊が成されて行く。

という意味で、「三分の一」という数字に統一されています。

「三分の一」という数字は、天に於いて、神が、人類とサタンの間に張り巡らしていた「垣」が取り払われて、サタンがもたらす「災いの領域」「破壊の領域」を表しています。

ヨブ記1章
1:9 サタンは【主】に答えた。「ヨブは理由もなく神を恐れているのでしょうか。
1:10 あなたが、彼の周り、彼の家の周り、そしてすべての財産の周りに、垣を巡らされたのではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地に増え広がっているのです。

サタンは神が巡らせた「垣」(垣根・囲い・仕切り・壁・フェンス・バリケード)を越えることが出来ません。人の繁栄、祝福は、神がその人の周り、家族、財産、すべのものに「垣」を巡らせてサタンが「垣」の中に入れないようにしているから、人の繁栄と祝福が広がっていきます。神とサタンの攻防は神が巡らせた「垣」によって争われます。

1:11 しかし、手を伸ばして、彼のすべての財産を打ってみてください。彼はきっと、面と向かってあなたを呪うに違いありません。」

「しかし、手を伸ばして、彼のすべての財産を打ってみてください。」

サタンは神にヨブの家族、すべての持ち物、財産に巡らされている「垣」を取り除くよう要求しました。

「彼はきっと、面と向かってあなたを呪うに違いありません。」

神が巡らした「垣」が取り除かれた世界は「繁栄と祝福の世界」からサタンが支配する「災いと破壊の呪われた世界」に変わります。神が巡らした「垣」が取り除かれた世界は「サタンのやりたい放題」の世界です。ヨブは「サタンのやりたい放題の世界」に置かれて次から次へと息をつく間もなくあれよあれよという間に家族とすべての財産と自分の健康を失いました。

ですから、たとえば

黙示録8章
8:7 第一の御使いがラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火が現れて、地に投げ込まれた。そして地の三分の一が焼かれ、木々の三分の一も焼かれ、すべての青草も焼かれてしまった。

と書かれていますが、これは

天に於いて「三分の一のサタンの軍勢」に明け渡された領域、エリアの中でサタンが災い、破壊として地を焼いたり木々を焼いたりすべての青草が焼かれたので、
「そして地の三分の一が焼かれ、木々の三分の一も焼かれ、すべての青草も焼かれてしまった。」と書かれています。

「三分の一」という数字は「天に於けるサタンの数」であって「地球の面積の三分の一」という意味ではありません。

ヨハネは「天で起こっている光景」を見せられているのです。地球が三分の一のサタンの軍勢によって呪われていく過程を見せられているのです。宇宙から「血の混じった雹と火」が地球の日本、アジア、アメリカ、南米、ヨーロッパ、アフリカ、中東の全世界に降って来て携挙されずに地球に残された人々が「大変だ!大変だ!」と逃げ惑いながら地球の三分の一の面積が焼失しちゃった、というハリウッド映画を見せられたのではありません。確かに字義通りに解釈すればハリウッドの人類パニック映画になりますが、そうではありません。
ですから「艱難時代の三分の一」は必ずしも「地球の三分の一」ではありません。
「艱難時代の三分の一」は地球の十分の一なのか、五分の一なのか、あるいは二分の一なのか、その時にならなければ分りません。
じゃあ、「血の混じった雹と火が現れて、地に投げ込まれた。」って、どういう意味よ?となります。
ここに「聖書解釈」の難しさ、問題があります。字義通りに解釈するのか?比喩表現として解釈するのか?たとえ話しとして解釈するのか?ただの文学として解釈するのか?御霊によって解釈するのか?という問題です。「聖書解釈の問題」についてはまた後で取り上げます。

黙示録9章では第六の御使いがラッパを吹いた後に現代の中東のユーフラテス川のほとりのペルシャ湾で「世界最終戦争」が勃発します。

9:13 第六の御使いがラッパを吹いた。すると、神の御前にある金の祭壇の四本の角から、一つの声が聞こえた。
9:14 その声は、ラッパを持っている第六の御使いに言った。「大河ユーフラテスのほとりにつながれている、四人の御使いを解き放て。」
9:15 すると、その時、その日、その月、その年のために用意されていた、四人の御使いが解き放たれた。人間の三分の一を殺すためであった。
9:16 騎兵の数は二億で、私はその数を耳にした。

「大河ユーフラテスのほとりにつながれている、四人の御使いを解き放て。」

「すると、その時、その日、その月、その年のために用意されていた、四人の御使いが解き放たれた。人間の三分の一を殺すためであった。」

ここに「・・・人間の三分の一を殺すためであった。」と書かれています。つまり「人間の三分の一を殺すため」という目的と数字が戦争が起こる前からすでに決められていて、その「人間の三分の一を殺すため」という目的を果たすために、 成就させるために、大河ユーフラテスのほとりにつながれていた四人の御使いが解き放たれました。解き放たれた四人の御使いは大河ユーフラテス川のほとり、ペルシャ湾で何をしたのでしょうか?答えは

ペルシャ湾を囲んでいる中東イスラムアラブ諸国イスラエルの国々に神によって張り巡らされていた『垣』を取り除くため」

です。中東に張り巡らされていた「垣」が四人の御使いたちの手によって取り除かれた結果、天の三分の一のサタンの軍勢が一斉に中東になだれ込んで来て全世界の2億の軍隊による「世界最終戦争」が勃発します。もちろんこの戦争は核兵器が主力となる「世界最終戦争」です。

「人間の三分の一を殺すため」というのは「三分の一のサタンによって殺される人々の数」を表しています。

 

次回に続く

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本文の聖書のことばは「聖書・新改訳©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会」から引用しています。
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネ福音書3:16

愛は最善を与えることです。

神は、人類を罪から救うために、御子イエス・キリストを人類に与えてしまいました。イエス・キリストを与えてしまったなら、もう、これ以上、高価で最善なものはありません。与えて、与えて、与え尽くして、もうこれ以上与えるものがなくなってしまったほどに、神は人間を愛されました。
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なんで三分の一なの?(再臨ー3・正しい解釈のために)

        なんで三分の一なの?

      (再臨ー3・正しい解釈のために)

「いったいいつになったら携挙されるのよ!!!(再臨ー2)」からの続きです。

ここでクリスチャンのみなさんにヨハネの黙示録を読みながら考えて欲しいのですが、黙示録に書かれている「艱難時代」の記事の中に「三分の一」という文言、ワードが度々出て来ます。以下に列記します。

ヨハネの黙示録
8:7 第一の御使いがラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火が現れて、地に投げ込まれた。そして地の三分の一が焼かれ、木々の三分の一も焼かれ、すべての青草も焼かれてしまった。
8:8 第二の御使いがラッパを吹いた。すると、火の燃えている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして海の三分の一が血になった。
8:9 また、海の中にいる被造物で、いのちのあるものの三分の一が死に、船の三分の一が壊された。
8:10 第三の御使いがラッパを吹いた。すると、天から、たいまつのように燃えている大きな星が落ちて来て、川の三分の一とその水源の上に落ちた。
8:11 この星の名は「苦よもぎ」と呼ばれ、水の三分の一は苦よもぎのようになった。水が苦くなったので、その水のために多くの人が死んだ。
8:12 第四の御使いがラッパを吹いた。すると太陽の三分の一と、月の三分の一、また星の三分の一が打たれたので、それらの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、夜も同じようになった。

9:14 その声は、ラッパを持っている第六の御使いに言った。「大河ユーフラテスのほとりにつながれている、四人の御使いを解き放て。」
9:15 すると、その時、その日、その月、その年のために用意されていた、四人の御使いが解き放たれた。人間の三分の一を殺すためであった。
9:16 騎兵の数は二億で、私はその数を耳にした。
9:17 私が幻の中で見た馬と、それに乗っている者たちの様子はこうであった。彼らは、燃えるような赤と紫と硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄が出ていた。
9:18 これら三つの災害、すなわち、彼らの口から出る火と煙と硫黄によって、人間の三分の一が殺された。

12:3 また、別のしるしが天に現れた。見よ、炎のように赤い大きな竜。それは、七つの頭と十本の角を持ち、その頭に七つの王冠をかぶっていた。
12:4 その尾は天の星の三分の一を引き寄せて、それらを地に投げ落とした。また竜は、子を産もうとしている女の前に立ち、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。

・そして地の三分の一が焼かれ、木々の三分の一も焼かれ、

・そして海の三分の一が血になった。

・いのちのあるものの三分の一が死に、船の三分の一が壊された。

・川の三分の一とその水源の上に落ちた。

・水の三分の一は苦よもぎのようになった。

・すると太陽の三分の一と、月の三分の一、また星の三分の一が打たれたので、それらの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、夜も同じようになった。

・人間の三分の一を殺すためであった。

・人間の三分の一が殺された。

・その尾は天の星の三分の一を引き寄せて、それらを地に投げ落とした。

今、お読みいただいた黙示録の各章の節に書かれてある文章の共通点はいずれも文中に「三分の一」という「数字(分量)」が書かれています。しかも、これは明らかに「統一された数字(分量)」という印象です。

なんで、十分の一ではなく、五分の一でもなく、二分の一でもなく、「三分の一」なのでしょうか?

ヨハネは天で起こっている「ある光景」を見て「三分の一」という具体的な数字を出して来ました。そして「三分の一」という数字はすべて「災いの数字」「破壊の数字」として書かれています。黙示録の「艱難時代」だけに「三分の一」という数字が出て来ます。しかも「三分の一」という数字は判を押したように、なにか一貫した決まり事でもあるかのように、統一されているかのように、それぞれの箇所で「三分の一」と書かれています。

クリスチャンのみなさんはこの「三分の一」の数字の意味、考えたことがありますか?

一般的にキリスト教会ではこの「三分の一」は単純に、字義通りに、「全体数の三分の一」と解釈しますから、

「そして地の三分の一が焼かれ、木々の三分の一も焼かれ、すべての青草も焼かれてしまった。」

と書いてあれば「地球上の三分の一が焼かれて、地球上の三分の一の木々が焼かれ、すべての青草も焼かれてしまった。」と解釈します。

「すると、その時、その日、その月、その年のために用意されていた、四人の御使いが解き放たれた。人間の三分の一を殺すためであった。」

と書いてあれば、四人の御使いが「地球上の三分の一の人々を殺すために地上の世界に降りて来た」と解釈します。もっともこの箇所に関しては御使いが地球上の三分の一の人々を殺すなんてあり得ない話しですから、ここに書いてある「御使い」は「サタン」と解釈するのが正しいのです。と言っていますが、それは本当に正しいのでしょうか?

私が疑問に思うことは

字義通りの解釈であろうと、旧約の預言からの解釈であろうと、

なんで、人類の「災いの数字」「破壊の数字」が、「三分の一」に、統一されているのか?

ということです。ヨハネは天で起こっている「ある光景」を見て「三分の一」という具体的な数字をだして来たのですから、「三分の一」という数字の根拠は何か?みなさんに考えて欲しいのです。これは、ヨハネの黙示録を正しく解釈、理解するための根幹ですから「黙示録解釈の信仰のトレーニング、基礎」だと思って下さい。

ヒントとして「三分の一」という数字の根拠となる出来事がヨブ記1章、2章に書かれています。

ヨブ記1章、2章には、サタンが神の許しの下でヨブに向かって起こした「災い」「破壊」が書かれています。ですからサタンがヨブに向かって起こした「災い」「破壊」を黙示録に書いてある人類の「災い」「破壊」に当てはめれば、ヨブ記には「三分の一」という数字は出て来ませんが、なんとなく、うっすらと、ぼやけながらも、「三分の一」という数字の根拠の「背景」が見えて来ます。

次回に続く

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本文の聖書のことばは「聖書・新改訳©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会」から引用しています。
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネ福音書3:16

愛は最善を与えることです。

神は、人類を罪から救うために、御子イエス・キリストを人類に与えてしまいました。イエス・キリストを与えてしまったなら、もう、これ以上、高価で最善なものはありません。与えて、与えて、与え尽くして、もうこれ以上与えるものがなくなってしまったほどに、神は人間を愛されました。
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                               大河生水

いったいいつになったら携挙されるのよ!!!(再臨ー2)

    いったいいつになったら携挙されるのよ!!!

            (再臨ー2)

YouTube で「今日、携挙が来るかもしれません!」と煽っている牧師先生様。
ネットでおどろおどろしい写真や映像やイラストを見せて「携挙で残されたら大変な大患難時代が来ますよ!それが嫌だったらみなさん早く神様を信じて下さい!」と脅迫しているクリスチャン・ブロガーの皆様。

いったいいつになったらクリスチャンは携挙されるのでしょうか?

       はっきり答えてください!!!

何年も前から「携挙が来るぞ!携挙が来るぞ!」と煽りながら、いまだに来ないじゃないですか。これじゃ「来る来る詐欺」ですよ。「オオカミ少年」ですよ。本番の携挙の時、みなさんが取り残されますよ!

まぁ・・・私はまだまだ携挙は先だと思っていますから別に関係ありませんが・・・(^^;)

携挙の時期、タイミングについて「艱難 前期 説」を教える牧師先生方は、仮に、正真正銘の携挙が「艱難 中期」「艱難 後期」だとします。つまり、世界情勢が「これ、どう考えてもすでに艱難時代に入っているだろう」という状況になっても「携挙は必ず艱難前に来ます!」と教え続けるのでしょうか?こんな感じで・・・

「艱難 前期 説」を信じて疑わない牧師先生

・貫南間江牧師・
みなさん!携挙は必ず艱難前に来ます。イエス様は必ず艱難前に来て私たちを携挙して守ってくれますから安心して下さい。携挙されるまでイエス様を信じていきましょう!大河くん、分りましたか!

・大河信徒・
はい、 貫南間江牧師先生、「艱難 前期 説」を信じます!
あ~よかった。ぼく、弱虫だから、もし迫害されたらペテロみたいに「イエス様なんて知りません!ほんとうにほんとうに絶対に絶対に関係ありません!神様に誓ってウソは言いません!信じてください!!!」って言っちゃうかもしれない。それに、黙示録に出て来る わざわい にあったら気絶しちゃうよ。でも、迫害される前に、わざわい が来る前に、携挙されるんだから、安心して夜眠れる。イエス様信じてほんとによかった~
そして1年後・・・

・大河信徒・
先生先生大変です!ついに南海トラフ地震が起きて日本が大変なことになっています!これって先生、すでに艱難時代ですよね?

・貫南間江牧師・
だから大河くんいつも私が言っているでしょ。携挙は艱難前に来るって。これは艱難時代に入る前の前兆なんですよ。

・大河信徒・
そうですよね。先生の言う通り携挙は必ず艱難前に来るんですよね。私の不信仰をお赦しください。でも・・・なんだかな~
また1年後・・・

・大河信徒・
先生先生大変です!ついに富士山が爆発して日本が大変なことになっています!私たちこんな富士山のすそのにいて大丈夫でしょうか?これって先生、すでに艱難時代ですよね?

・貫南間江牧師・
だから大河くんいつも私が言っているでしょ。携挙は艱難前に来るって。これは艱難時代に入る前の前兆なんですよ。

・大河信徒・
そうですよね。先生の言う通り携挙は必ず艱難前に来るんですよね。私の不信仰をお赦しください。でも・・・なんだかな~
また1年後・・・

先生先生大変です!うちの息子が学校で「おまえの父ちゃんキリスト野郎だからいっしょに遊んであげない!」と言われて泣きながら帰って来ました。ついにクリスチャンへの迫害が始りました。これって先生、すでに艱難時代ですよね?

・貫南間江牧師・
だから大河くんいつも私が言っているでしょ。携挙は艱難前に来るって。これは艱難時代に入る前の前兆なんですよ。

・大河信徒・
そうですよね。先生の言う通り携挙は必ず艱難前に来るんですよね。私の不信仰をお赦しください。でも・・・なんだかな~
また1年後・・・

先生先生大変です!ペルシャ湾に2億の軍隊が集結して互いににらめっこしています。ついに人類滅亡の核戦争が始まるのでしょうか?これって先生、すでに艱難時代ですよね?

・貫南間江牧師・
だから大河くんいつも私が言っているでしょ。携挙は艱難前に来るって。これは艱難時代に入る前の前兆なんですよ。

・大河信徒・
そうですよね。先生の言う通り携挙は必ず艱難前に来るんですよね。私の不信仰をお赦しください。でも・・・なんだかな~

ってなりますよね?(^^;)
私はふざけて言っているのではありません。真面目に、真剣に、言っているのです。

携挙の時期、タイミングについて「艱難 前期 説」を教える牧師先生方は、正真正銘の携挙が「艱難 中期」「艱難 後期」だった場合、どこのどの時点で「携挙の前兆」と「艱難期の入口」の区切りをつけるのでしょうか?
ロシアが~・・・トルコが~・・・イランが~・・・
イスラエルが~・・・EUが~・・・トランプが~・・・と YouTube で騒いでいる牧師先生様、ロシアがどうなったら携挙されるのでしょうか?トルコがどうなったら携挙されるのでしょうか?イランがどうなったら携挙されるのでしょうか?イスラエルがどうなったら携挙されるのでしょうか?トランプと携挙がなんで関係あるのでしょうか?666ってどこのどの人なのでしょうか?
             ハッキリ答えてくださいよ!!!

もし、明らかに世界情勢が艱難期に入ったにもかかわらず携挙されなければ「艱難 前期 説」を信じている信徒のみなさんは不安になりますよ。動揺しますよ。信仰が揺らぎますよ。つまづきますよ。信仰を捨てますよ。

いったいいつになったら携挙が来るの?
神様いつまで待たせるの?
世界が戦争になって食べるものも配給になりながらこのまま艱難前に携挙されるって本当に信じ続けてていいの?
貫南間江牧師先生が富士山の すその から YouTube で「ロシアが~・・・イランが~・・・トランプが~・・・みなさん携挙は絶対間違いなく艱難前に来ますからね!今日来るかもしれませんよ!!!」って言うから毎日神様に早く携挙に来てくださいって祈っているのに、ぜんぜん来ないじゃない。どうなってんのよ~
そもそも携挙って本当にあるの?
やっぱり私、教会に洗脳されていたのかしら?

もうイエス様信じるのやめようかな

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
今現在 YouTube でドヤ顔、したり顔で「艱難 前期 説」を教えている牧師先生、神学博士の皆様には

★★★「説明責任」★★★があります。聖書から「神の言葉」を語っているのですから。

もし、自分たちが教えて来た「艱難 前期」が通り過ぎても携挙されなければ土下座して

私たちが皆様に教えてきた「艱難 前期 説」は間違っていました。私たちの聖書解釈は完全にデタラメでした。大勢のクリスチャンの皆様にデタラメな噓八百を教えて来た私たちは「偽預言者」であったことを心から悔い改めお詫び申し上げます。

と謝って下さいね!!!
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
と言っても、まぁ、自分の面子とプライドに生きる牧師先生方や神学博士の皆様が信徒に土下座して謝ることなど100パーセントありませんから・・・

「神様は一人でも多くの人を救うために携挙のタイミングを遅らせているのです!」

と訳の分らない言い訳をしてごまかすのでしょうね。

イエス・キリストは一度も「艱難前に私はあなた方を携挙しに来ます」と言ったことはありません。
使徒たちも「艱難前にキリストはクリスチャンを携挙するために来ます」なんていうことは一言も言っていません。

結論から言うと、携挙の時期、タイミングの議論に関しては「時間」がすべてを解き明かします。「時」が、なにが正解でなにが誤りかを教えます。
ようするに周りの状況に関係なく実際に「携挙された時」が、イエスが語られた正しい「携挙の時期、タイミング」です。父なる神が定められた「携挙の日」です。

ロシアが口火を切った戦争は、次はお隣の中国に飛び火します。戦争ヤル気満々の血に飢えた「獣」がついに14億の民を有する独裁国家を完成させて国家主席に就いたのですから、もはや「台湾有事」は時間の問題です。「台湾有事」は「日本有事」ですから、日本は否応無しに戦争に巻き込まれていくでしょう。アメリカなんて国内が分裂してこれから先どうなるか分りませんよ。
ロシアというたった一つの国が戦争を始めたら世界経済、エネルギー、食料がこのような状況になるのですから、ましてや、日本をはじめアメリカもヨーロッパも今や中国抜きでは自国経済は成立たないほどの関係にありながら、中国を敵に回して戦争したらどうなるか分りますよね?世界経済は「崩壊」します。

これから世界のあちらこちから次々と「獣」が誕生して来ます。人類は着々と「666の反・キリスト登場」の「準備をする期間」に入りました。

これからの世界は半年単位で、1年単位で、どんどんどんどん目まぐるしく「悪い方へ悪い方へ」と向かって行きます。
クリスチャン、ノン・クリスチャンすべての人類は平等に

「大変な時代」にすでに「入っています」「突入しています」

にもかかわず YouTube の牧師先生方は「今は艱難期に入る前の前兆です!」と、お花畑の神学を教え続けています。
「艱難 前期 説」を教える牧師先生、神学博士たちはこの先も「今は携挙の前兆です!」と言い続けることが出来るのでしょうか?

クリスチャンのみなさん!この先、3年後、5年後、10年後の「世界情勢」を眺めると「艱難 前期 説」は本当に正しい教えなのか?信じるに足りる神学なのか?見えて来ます。

これからこの「艱難 前期 説」について何回かに分けて「ツッコミ」を入れていきますが、その前に「前置き」として「聖書の解釈」と「聖書の翻訳」について次回からお話しさせていただきます。

次回に続く
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本文の聖書のことばは「聖書・新改訳©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会」から引用しています。
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネ福音書3:16

愛は最善を与えることです。

神は、人類を罪から救うために、御子イエス・キリストを人類に与えてしまいました。イエス・キリストを与えてしまったなら、もう、これ以上、高価で最善なものはありません。与えて、与えて、与え尽くして、もうこれ以上与えるものがなくなってしまったほどに、神は人間を愛されました。
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